第15話

「もしもし、間部? 今から俺とインド行かね? 五年くらい」

『落ち着けキョーダイ。ンなとこいくら探してもテメーはイネー』


 全てをぶん投げて自宅のトイレに駆け込んだ俺は便座に腰かけ、安心と信頼の間部カスタマーセンターにクレームの電話を入れた。


「バカヤロテメコンニャロ、トーブンは安泰だ? 今すぐこっち来てみろ。俺がきっかり四トーブンされちゃいそうで笑い死ねっぞコラ」


 詳細をカクカクシカジカし、おまけに逼迫具合を伝えるためBPM250で舌打ちをかましてやる。

 聞き終えた間部は『フー……』とため息のような深い息を吐いた。

 アンチキショウ、さてはまた優雅にシケモクなんざくゆらせてやがんな。


『つってもテメーで蒔いた種ダロ? もー腹くくって全部芽吹かせたらドーヨ? 今は何でもシェアの時代らしーかンナ』

「だからんなとことしたら俺の身体が物理的にシェアされるっつーの。なんか意味深な形にバラされてありもしない死体一体捏造すんぞコラ」

『シャーネーナ。ンじゃこーしよーゼ? チョード五人揃ってンだしチーム旗揚げしてナ、浮気戦隊タダレンジャーとかいってニチアサにホーソーすンノ。最シュー回でキョーダイが刺されてモノホンのタイトルはササレンジャーでしたってオチヨ。大ヒット御レー間違いなしダベ?』


 こんな奴に大事な背中を預けた俺が三国一のおめでた野郎だった。

 ガクッと脱力すると、スピーカーから『ハハハ』と呑気な笑い声が漏れる。


『つーのは勿論ジョーダンでサ、別に今更どーすンかなンて悩むことネージャン? 何人いよーとキョーダイの心にいンのは一人だけなンダロ?』

「……おーよ」

『なら素直にテメーの心貫けヨ。オレラはみだしモンが従うンはセンコーでもシャカイでもましてや電話のムコーでモク吸ってる野次馬でもネー。テメー曲げて得たモンに何の価値あンヨ?』

「フン」


 一丁前いいやがる。

 俺は便器のタンクに背中を預ける。

 今はそのヒンヤリした感触を奴と思うことにする。


「んなカッコつけといて、いざ眼の前にテメーの心じゃどうにもなんねぇ壁が出てきたらどうすんだっつーの」


 その瞬間、間部が向こうでニッと笑ったのがわかった。


『決まってンベ? 見なかったフリして回り道ヨ』


「上等――」


 通話をプチッて便所を出る。


「あ、正義くんもこっち来て一緒に人生ゲームしましょうよ。プリン・ア・ラ・モードでも食べながら」

「正義様と……相手に不足はありません」

「フン! なんであたしがアンタみたいな最低男とこんなことしなくちゃなんないんだか!」

「テメェら、邪魔」


 そして居間でゲームをしながらプリン・ア・ラ・モードに舌鼓を打っていた王道トリオをひっ捕まえ、家から叩き出し鍵をかける。

 ついでに前拾ったゴリラウーマンの学生証もポイしとく。多分これは持っていると何かがトントン拍子で進んでいく呪われしアイテムだ。


「正義くん!?」

「正義様!?」

「ちょっと、いきなり何すんのよアンタ!!」


 あーうっせうっせ。

 ドンドンと背後で扉が叩かれたりチャイムを一六連打されるのもお構いなしで、耳にスマホを当てる。


「あ、すいません。警察ですか? 四丁目の桜木さんの家の前で不審な人たちがたむろしてて怖いので、大至急パトカー一台お願いします。サイレン特盛で」


 やがてファンファンファンとけたたましい音が近づいてきて、ドアを叩く音もチャイムを鳴らす音もそれきり聞こえなくなった。

 これでよし。

 落ち着いたところでエリの姿を探す。

 が、一階にはいないようだった。

 もしや俺がトイレに籠もっている間に、愛想を尽かして帰ってしまったのだろうか。

 だとしても無理はない。まったくもって自業自得もいいところだ。

 おお桜木正義よ、王道なんぞに危うく流されかけるとは情けない。

 両手で頬を張る。

 だがまぁ、そんな自己嫌悪に陥るのは後だ。

 天井を見上げる。

 まだこの家にいるとするなら、そこしかなかった。

 廊下に出て、一段一段踏みしめるようにして階段を上っていく。

 どうかいてくれ――なんておこがましいことは願えない。なので、何かの間違いでいてくれたらな~、というライトなノリでの宣誓になるが、

 その時は、俺は金輪際アイツを裏切らない。

 天地神明とニュー桜木正義の名にコミットする。

 まもなく二階に到着し、部屋の前まで進んでノブを回す。

 ひんやりとした感触を味わいながら、ゆっくりと扉を押し開けた先に、


「遅くなってスマン」


 エリがまるで何事もなかったように、俺が出て行く前と同じようにベッドに座っていた。


「……あのヒトらは?」


 喜怒哀楽のどれにも属さない眼を投げつけてくる。


「アイツらなら仲良く居間に隕石が落ちて死んだからもう大丈夫だ」


 俺はベッドに近づき、自分の左耳からあのピアスを外した。


「こいつを貰ってくれ」

「え……?」


 エリは俺の掌に乗る赤黒く変色したシックスナイン中の変態蛇二匹を、目を丸くして見つめる。


「知ってるか? こいつは耳につけてるだけでどんな悪たれも見た瞬間、青い顔で募金したくなる魔法のピアスらしくてな。まあ見ての通りいささか悪趣味なのが難点だが」


 言って眼の前に差し出す。


「お守りがわりだ、やる」

「でもこれ、正義のトレードマークで……」


 気後れするエリを、俺は鼻で笑う。


「人から物せびるのが仕事のギャルがんな細かいこと気にしてんじゃねぇよ。俺はこんなもんに頼る必要がないだけとっくに最強だっつーの。むしろトヘロス切ってそろそろ百人斬りに挑もうと思ってたとこだっつーの。わかったらほら、手ぇ貸せ」


 なおも躊躇するエリの手を取って無理矢理握らせる。


「ただし一つだけ約束してくれ――受け取った金は、俺と仲良く半分こすると」


 しかつめらしく言うと、エリはやっとクスッと一つ笑った。


「ありがと」


 そう言い、早速受け取ったそれを左耳に持っていく。


「ど……どう。似合ってるかな……?」


 そして装着を終えると、髪を後ろに撫でつけながらはにかむ。

 俺は一瞬息を呑んだ。

 金髪ギャルとウロボロスという一見して合いそうにない異色のマリアージュ。

 しかしいざ眼の前にしたその姿は、想像していたよりも遥かに――


「ダッサ」

「ダサくないし!」


 エリは咄嗟にハンドバッグの紐を掴んで振り回した。

 するとチャックがちゃんと閉まっていなかったせいで、バッグが俺にクリーンヒットした瞬間、中から長方形の物体がポーンと飛び出す。

 そのスマホ大の箱は壁に激突し、床を転々としたあと、仰向けで「俺は何かが0.02だぞ!」と声高に主張した。


「………………」

「………………」


 穴が開いちゃ駄目なそいつを穴が開くだけ見つめ合ったあと、どちらからともなく視線が交差する。

 先に口を開いたのはエリだった。


「続き、シよっか?」

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