第14話

「何でテメェがここに? てかどうやって俺ん家知った?」

「ほら、正義くん、前にウチの病院に一回罹ったことあるって言ってたじゃないですか? なので電子カルテにある患者情報から住所を調べて来ちゃいました」


 来ちゃいましたじゃねぇよ。怖えーよ。コイツやっぱ絶対医療に携わっちゃ駄目な奴だわ。


「今日わたしもお休みなので、折角だし正義くんとまた一緒に遊びたいなと思って。あ、お土産にコンビニで買ったプリン・ア・ラ・モードもありますよ?」


 勝手に中に入ってきて、買い物袋を見せてくる。


「いらねぇよ。今俺はそのプリン・ア・ラ・モードより甘くてとろ~りとろける極上の体験してる真っ最中なんだよ。背伸びした俺のムスコが『パパまだ~?』つって大人のスイーツおねだりしてんだよ。わかったらとっとと帰りやがれ」


 と言うと、頭桃色はにわかに表情を曇らせ、


「でもこの前帰りがけに『わかったわかった。また今度遊んでやっから』って。だからゲームもこうしてたくさん持参したのに……」

「何そんな蜘蛛の糸みてーにほっそい口約束辿って遥々やってきてんだよ。誰が聞いても十中八九ただ帰るための建前だろーが。手滑って生命線まで一緒にちょん切るぞテメェ」

「あ、そういえば、こないだの教訓を生かして眼鏡に変えてみたんですけどどうです? これかけてるとわたしって意外と利口そうに見えません?」

「え、なに急に。いや、その発言がもうすでに馬鹿のそれでしかねぇけど。つーかマジ人の話聞けって。ここまで察し悪いと京都府民でもそろそろオブラートに包み忘れて素材の味で勝負しだすわ。いい? 俺は今取り込み中なの。もしこれ以上居座るなら不法侵入でこっちも出るとこ出て――」

「正義ー?」


 そのとき、背後でトントントンと階段の音がした。


「ねー、さっきからやけに大きな声出して、何かあったのー……」


 どうやら心配して部屋から出てきたらしいエリは、そこで頭桃色の姿を認めて尻すぼみに言葉を切った。

 頭桃色はペコリと頭を下げ、


「あ、どうもはじめまして。わたしはつい先日、ここにいる正義くんに帰れなくて困ってたところを家まで送ってもらった岡本風花っていいます。わぁ、かわいらしいですね。妹さんですか?」

「…………は?」


 エリから絶対零度の声が漏れた。


「あー、はいはい? そっかそっか……これが例の。え? あのー、ちょっとつまらないこと訊くんですけど、妹ってそれは誰が誰の?」


 ニッコリと笑顔で訊ねる。

 それとは対照的な凍てつく波動に、俺もムスコもすっかり縮み上がってしまう。

 対する頭桃色は笑い返し、


「もちろんそれは妹さんが正義くんのです!」


 ムンッと力こぶを入れて声高に兄妹認定する。


「へー……?」


 その圧倒的冷気の刃に俺はガタガタと震え上がる。

 ば、馬鹿な……絶対零度の向こう側だと……?


「そうそう、それでですね、妹さんに折り入ってお願いがあるんですけど、今日一日正義くんを借りてもいいでしょうか? 実は正義くんと遊ぶ約束をしてましてですね。あ、もしよかったら妹さんも一緒に――」

「ちょっと来い!」


 俺は慌てて頭桃色を外に連れ出す。


「あのなテメェ、もうちょい空気読めよ。さっきから打つ球打つ球OBばっかじゃねぇか。今度から喋る前に毎回目線の高さから芝数本落として場の空気の流れ確認しとけって、頼むから。ちなみに気づいてないだろうけど、さっき風速三〇〇〇メートル毎秒のアゲインスト吹いてたからな?」


 俺のガチ説教に、わかってるのかわかってないのか頭桃色は「ふむ?」と小首を傾げ、やがて合点がいったというようにポンと手を合わせる。


「そうだ! 立ち話もなんですし、中に上がってお茶でも飲んで話しませんか? みんなでプリン・ア・ラ・モードでも食べながら」

「何がどうしてそうなった? 怒らないから説明してみ? いや、それよりも一刻も早く帰って早速その特大OBショットを打つまでの思考回路を論文にまとめて学会に提出しろ。ノーベル賞総ナメできっからきっと」


 俺が頭桃色の背中を押して敷地から力ずくで追い出しにかかろうとしたところ、キキーッと家の前にダックスフンドを真っ黒くしたみたいなやたら胴長な車が止まった。

 なんだろう。ゾクゾクと背筋に何やら悪寒が……


「正義様」


 運転手の開けた後部座席からゆるりと降り立ったのはあのイカレ奔放女、すなわちテンノージボタルだった。

 次から次へとコイツら……。


「んでテメェはここをどうやって突き止めて、何をしにここまで来たんだ? 連絡先を教えた覚えはねぇぞ」


 俺はゲンナリしながら訊く。


「はい。私の母方のお祖父様が国会議員をしている関係で、昔からの竹馬の友である文部科学大臣のほうにお願いして、こちらの教育委員会に二之舞中学との口利きをしていただいたところ、快く教えていただけました」


 どいつもこいつもテメェの立場最大限悪用しやがって。どっちも手法が悪質かつ法スレスレのグレーゾーンで訴えられないのがタチ悪いわ。

 つか学校もこの色々とうるさい時代に簡単に長い物に巻かれて生徒の情報流出させてんじゃねぇよ。買いたての掃除機のコードでももうちょいところどころ詰まるわ。


「それでですね、本日お伺いしたのは他でもなく、二日前のあの件でして。実はあの後お父様とお母様にお話しましたら、是非ともその勇気ある素晴らしい少年にお会いしたいということでして、もしお手すきでしたら今から当家にいらしていただけませんでしょうか?」


 言って手を差し出してくる。


「は? いやいや、こう見えて無類のお手きらいだし。つーか、そんなに会いたいなら自分らが来ればいいじゃん。いくら金持ちだからって庶民を呼びつけていいとかなくね? 国会議員だか文部科学大臣だか知らねぇけど、親になけなしの進学用積立金をこっそり使い込まれてるかもしれない貧乏学生の失うもののなさ舐めんなよコラ」


 俺がガンを飛ばすと、テンノージボタルは目からウロコといった顔をした。


「……確かに正義様の仰るとおりです。申し訳ございませんでした。この通り、ご無礼をお許しください。――チャールズ」

「かしこまりました」


 頭を上げたテンノージボタルが言うや、隣に日傘を差して付き従っていたサングラスとスーツ姿の屈強な男が突然どこかに電話をかけ始める。


「はい。ではそのように」


 やがて通話を終え、


「お嬢様。いらっしゃるそうです」

「ご苦労。あなた方は先に屋敷へ戻っていなさい」


 従者の男は一礼し、ダックスフンド号とともに去っていった。


「これから私の両親のほうが挨拶に参ります。それまで申し訳ないのですが、正義様の御宅で待たせていただいてよろしいでしょうか?」

「なんで嫌がらせのレベル跳ね上がってんの、ねぇ? やっぱそれ断るともっと陰湿さに拍車がかかったりすんの? てかお手きらいって言った部分わかっててカンペキ無視してるよね?」

「あっ、だったら待ってる間わたしの持ってきたゲームで遊びませんか? 四人対戦用のもあるので。プリン・ア・ラ・モードでも食べながら」

「うおっ、コイツいたのカンペキ忘れてたわ。だから喋る前に草むしって風向き調べろって。なんなら庭貸してやっから草むしりついでに女同士寂しく二人ツイスターでもなんでもやってろよもう。俺はお前らを仲良くリオデジャネイロまで蹴り飛ばしてくれる活きのいい暴れ馬連れてくるから」


 俺が指差すのも無視して、二人して玄関に直行する。


「ではお言葉に甘えて、失礼します」

「ただいまー」

「入るな入るな。あと勝手に帰ってくんな。テメェを生んだ覚えも育てた覚えもなくて桜木さん家ビックリしてんだろ。……いや、真面目に聞いて? ホントお願いします」


 俺の孤軍奮闘も虚しく、結局間部が言う王道コンビの侵入をむざむざ許してしまった。


「……………………」

「ははは……」


 当然のことながら帰った途端、俺はエリの放つ極寒のブリザードに曝される。


「お、おややー? なんだこの茶筒、よく見ると中身が空っぽじゃないか。ったくもー、お袋ったら~。仕方ない、ちょっくら俺がパシッてジュースでも買ってきてやるかな。てなわけで、あとは若い者たちだけで……」


 俺はスマホと財布を持ち、這う這うの体で家を脱出する。

 もう俺の手には負えん。なるべく時間をかけて買い物を終え、帰ってくる頃には奇跡的にエリと王道コンビの仲が一触即発以上路傍の人未満にランクアップしている天文学的確率に賭けることにしよう。

 俺が手を組んで神に祈りを捧げながら歩いていると、


「きゃっ」


 突如曲がり角から飛び出してきた人影と出会い頭にぶつかった。

 体重の軽かったそいつは一方的に弾き飛ばされ、芋けんぴと一緒に転がる。

 ……何故芋けんぴ?

 てか、確か前にもこんなことが。


「アイタタタ……って、え?」


 ウッホリと起き上がったそいつは、俺の顔を見つめて眼をしばたたかせた。

 そして突然こちらを指差し――


「あー! アンタはあの時のー!」

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