第11話
時は流れまたしても放課後。
昨日と同じく掃除が終わり、教室でエリが一人になった頃合いを見計らって近づく。
「HEYそこの斜陽メーン。良かったら俺っちと語らわないかーい? YO! YO!」
「…………」
少しでも場の空気を暖めようと陽気なチェケラッ調で話しかけるが、笑えるだけ無反応ときた。もう一ミリたりとも振り返りやしねぇ。暖簾相手に腕相撲してもまだ手応えあるわ。
「あー……コホン」
やはり慣れないはっちゃけ路線は駄目だな。なんか逆に室温が5℃下がった気がする。普通に話しかけるとしよう。
「テステス。あーあー、牧師様のお呼び出しを申し上げます。斉藤エリさん、斉藤エリさん、迷える子羊が真後ろでお待ちですので、何卒こちらを振り返っていただけませんでしょうか」
俺がプライドをかなぐり捨てて卑屈にアナウンスすると、ようやく能面ヅラながらエリがこちらを向く。
「へへ、どうも……」
振り返った先で俺は水飲み鳥のごとくペコペコし、薄笑いを浮かべ、ゴマをすりながらこれを迎え撃つ。
これで形勢は五分と五分――
無論、重心を限りなく低く保ち、いつでも土下座に入れる攻めの姿勢は崩さない。
沈黙を貫くエリに対し、俺は先手必勝とばかり口火を切る。
「いやー、本日は大変お日柄もよく――」
「何の用?」
ヒィッ。
「じじじ実はですね、つまらないもので真に恐縮至極なんですが、本日斉藤様に献上差し上げたいものがございまして……」
言ってそそくさと鞄から例の紙袋を取り出す。
「宜しければ明日の休日わたくしめの
エリは眉をひそめ、しばし胡散臭そうに差し出された茶色の紙袋を見つめていたが、好奇心に負けたのかおもむろに受け取り、マスキングテープを剥がす。
頼んだぞ間部。
どうかその秘密兵器とやらがエリの食いつくものであってくれ。
俺は祈るような気持ちで、袋に挿し入れられたエリの手を目で追う。
間もなく――
テッテケテッテッテーテテー♪
という効果音がし、かくしてひみつ道……ではなく秘密兵器が日の下に顕現した。
「………………」
「………………」
出てきたブツを掌に乗せ、エリが目を見開いて硬直する。
かくいう俺も顎が床につかんばかりに、あんぐりと口を開けた。
紙袋から解き放たれたのは、スマホくらいの大きさの箱だった。
その直方体の表面には0.02という何かのバロメーターを示す数字が踊っており、おそらく中では回数券方式で綴られた正方形が所狭しととぐろを巻き、その内奥にカトリック教会が忌避してやまない夜のエンゲージリングが秘められているのは想像に難くなく、そう、それすなわちコンド――
「イヤー!?」
絹を裂いたような悲鳴を上げた。俺が。
即座にエリの手からそれを奪い取り、廊下に出て近くの物陰に身を潜める。
そして生まれたての子牛のようにガクガク膝を震わせながら、手に持っていたスマホで不倶戴天の敵にコールする。
しかし耳に当てていたのは近藤さん一家の住まうお宅だった。クソッ、紛らわしい。
『もしもしキョーダイ、ドーシタ?』
待ち受けていたようにワンコールで繋がる。
「ど、どどどどどどどどど」
怒りが先走りすぎて舌が回らない。一旦深呼吸し、
「どーしたもこーしたもあるかテメコラタコカス、アレのどこがゲームよりオモシレーんだ。アァ? 抱腹絶倒すぎて無言のまま秒針一周半しちまったわ。面白いの意味理解できるまで広辞苑の角で殴り続けてやるからそこを動くんじゃねぇぞ」
『オイオイ何ドーヨーしてンダ? 別にただのフーセンダベ? ほンのり売り場が医薬品よりデ、何故か二、三時間リヨーが多いホテルとかにジョービしてあっテ、サイシュー的に遺伝ジョーホーが出たり出なかったりすンだけのフーセンフーセン。そしてキョーダイのセーシはフーセンのともし火なンつっテ』
コイツ……
『そろそろ腹括れヨ。もーこーなったら実力コーシしかねーこたわかンダロ? それにコイツがキマりゃ今後どンなオードーが訪れよーとトーブン安泰ヨ。雨が降ろーが槍が降ろーが飼い主にしか懐かねー犬が懐こーがノー問題。そしてキョーダイもめでたく脱ドーテ――』
しめやかに切った。もはや何か言い返す気力もない。
とはいえおちおち項垂れてもいれない。
「そうだ、こうしちゃおれん」
一刻も早くエリの誤解を解かねば。
さもなくば明日の休日を待たずして俺の心臓が季節はずれのロングバケーションに突入してしまいかねん。
俺はすぐさま踵を返し、物陰から飛び出したところでエリとばったり会い、心臓は手始めに五秒間の休暇願を出した。
「…………」
「あ、いや、こ、これはですね……」
金縛りにあった俺を、エリは上から下まで見つめる。
折悪しくちょうど俺は右手にスマホ、左手にアレを握りしめており、「あなたが落としたのはこのスマホですか? それともこちらの近藤さんのお宅ですか?」と訊いてきそうなポーズで固まっていた。
その問いにもしエリがスマホと即答してくれたなら熨斗をつけて進呈させて頂くことも吝かじゃない。そして残った近藤さんらは拉致した間部を断崖絶壁からバンジーさせる紐としてその役目を全うしてもらおう。
やがて実況見分が終わったようで、エリは小さく、
「……何時?」
と訊いてくる。
「しょ、しょしょしょ少々お待ちを」
俺は現時刻を調べるため慌ててスマホの電源を入れる。
だが焦って近藤さんのほうを起動してしまう。クソッ、なんて紛らわしさだ……!
「じゃなくて! 何時に行ったらいいの? ……明日」
「へ?」
明日?
俺、トゥモロー拝めるんすか?
「あーもー!」
エリはじれったそうに唸り、
「……だ、だから……正義の家! 何時に行ったらいいの……?」
八の字を寄せ、顔を真っ赤にして訊く。
何時にって……それはつまり。
俺はようやくその態度から言葉の真意を理解し、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「ひ、昼……?」
なぜ疑問形だ。
「……わかった」
わかっちゃったらしいエリは一歩二歩と距離を詰めてきて、俺の左手からパッと秘密兵器だったものを奪い返す。
「これ、ボッシューしとくから」
「あ、ああ……」
コクコクと頷く。
「そりゃもう、どうぞ煮るなり焼くなり捨てるなり膨らますなり間部を吊るすなり、お好きな用法用量で――」
「バカ」
エリは箱で口元を隠し、刺すような上目遣いで睨んでくる。
かと思うとフッと相好を崩し、
「このニブチン」
と言って、パタパタと廊下を駆けていく。
俺はその場に固まり、もう何度目となるか知れないその背中を見送った。
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