第8話

『そりゃオードーだナ』


 間部は、電話越しにそう感想を漏らした。

 帰宅して粒あんまみれの顔を洗っていると、間部から作戦の成否を問う電話がかかってきて、あったことをありのまま話し終えたところである。


「アン? オードーだ?」


 俺はまだベタベタする顔をタオルで拭いながらオウム返しに訊く。


『ソ、オードーヨ、オードー。ア、オードーてのはよくマンガなンかで使い古されたベタベタなお約束ンことでナ?』

「馬鹿にすんな。そんくらいの一般名詞知ってるわ。俺が訊きたいのは、それが今俺の話した状況とどう関係あんだコラってことだ」


 そう言うと間部は『アノヨー』と呆れたような声を出す。


『ドーもコーもそのまンまダベ? 気づかねーカ? 一昨日ンといーキョーンといー、ドッチもマンガにありがちなベッタベタでコッテコテな運メー的出逢い果たしてンゾキョーダイ』


 俺は顎に手を当て、記憶を再生する。


「いやいや待て待て。頭桃色のは百歩譲ってそうだとして、テンノージボタルだかいうほうは明確に違うだろ。あんなイカレ奔放オンナが出てくる王道ラブロマンスなんて存在するのか?」

『三人組にカラまれてるオンナ見て擬似ゴーカン野外4Pレンソーするキョーダイの拗らせぶりがイカレてンダヨ。AVばっか見てオンナ知った気になってネーデ、ダマされたと思ってイッペンフツーの恋愛マンガも読んでミ?』

「う、うううううるせぇよ。余計なお世話だテメェ。この健常者気取りのオポチュニストめ。周りがなんちゃら戦隊だのこんちゃらライダーごっこしてる中でぷいきゅあ応援してユダヤ人並の迫害受けて育った小坊男子の気持ちがお前なんかにわかってたまるか。あれ以来男女比三:一未満の作品読むと悲しくないのになんか涙出てきちゃうんだぞコンチクショウ」

『じゃショージョマンガ読めばいーベ』

「いや、それこそヤツラの思う壺なんだ。きっとコソコソ書店から出てきたところをみんなして待ち構えておいて、『うわ、こいつ女の読む雑誌買ってるー』『やーいオカ正義~』『明日からお前のあだ名マーガレット桜木な』って骨の髄までしゃぶり尽くす気なんだ。知ってるんだ。みんなが笑ってる~♪ お日様も笑ってる~♪ 俺のことを見て笑ってる……」

『ソートーツレー目に遭ったみてーダナ……』


 俺はこっそり涙を拭う。


「まあいいや、ソイツら全員転校させたし。そんで、その王道がどうしたって」


 訊くと、間部は珍しく歯切れ悪そうに、


『イヤ、立て続けにキョーダイの身にンなことが起きたンで、ちと気になっただけヨ。マ、ただのキユーだろーシ、あンま真に受けねーでクレ』

「コラコラ、あんま不吉な伏線張るんじゃない。出来の悪いフィクションだと、間違いなくまたその王道が起こる流れだぞ?」

『二度あるこたー三度あるってカ? ナイナイ。キョーダイのテーソー賭けてもいいゼ』

「ま、確かに。現実でそうポンポンご都合主義が起きてたら世話ないしな」


 俺と間部はハハハと底抜けに明るく笑い合い、次に打つべき手の打ち合わせへと移った。

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