神様の花盗人

とき

メラニーパート

第1話

 私は村の入り口で、マリウスの帰還を待っていた。

 そこには自分以外にも大勢の村人が集まっている。

 このルーベは人口数百人の小さい農村なので、その半分近くが集結してることになる。

 ほとんどが女性。

 みんな期待と不安の混じった面持ちで、何も言葉をかわすことなくじっと待っていた。

 小さい子供もいたけど、どうしてこのように人が集まっているのかなんて解することなく、辺りを走り回って遊んでいる。


(早く帰ってきて……)


 マリウスはまだ帰ってこない。

 出征が終わり、今日、この村から徴兵された兵士が帰ってくる聞き、まだかまだかと朝から待っているけど、もう昼になろうとしていた。

 どんよりとした雲が空を埋め尽くし、気持ちも沈みそうだった。

 一回、昼食の準備に戻った方がいいかもしれないと、皆が思い始めたとき。


「あっ! 来たよ!!」


 一人の若い女性が甲高い声で叫んだ。

 そして同時に、みんな走り出していた。

 その先には、兵隊たちがとぼとぼと村のほうに歩いている。

 ついに帰ってきた。女性たちの顔は一瞬にして笑顔になった。

 そして、兵士たちもこちらに駆けてくるのを見て、遠征の疲れが一気に吹き飛んだのか、手を激しく振り、口を大きく開けて叫ぶ。

 女性たちは最愛の男性を見つけては次々に飛びつき、男性は強く抱きしめ返す。


「おかえり!」「ただいま!」

「戻って来られたのね! 本当によかった!」「帰ってくるって約束したろ?」

「ウソ……夢みたい……」「現実だよ。ちゃんと生きてる」


 それぞれそんなことを話している。

 私も彼女たちみたいに走り出したい気持ちはあった。

 でも、村長の娘という立場上、そんなはしたないマネはできなかった。

 何よりマリウスは、私の夫でも恋人でもないから。

 抱き合う男女に気をとめることなく、一人の騎士がこちらへやってくる。

 鋼鉄の甲冑に身を包み、ひときわ大きい黒馬を駆る姿は、他の兵士たちと一線を画している。

 彼もまた私と同様、感情のままに叫んだり走ったりしない。


「マリウス」


 本当なら向こうから私の名前を呼んでほしい。

 でもそんなことは絶対にないから、私はできるだけ感情を抑えて彼の名を呼んだ。


「メラニー」


 私の名を呼んだところで、ようやく精悍な真面目顔がほころんだ。

 マリウスは私の横に来て、ひょいと馬を下りる。

 疲れや軽いすり傷はあるようだったけど、大ケガはしてないようで安心した。


「一ヶ月ぶりか?」

「うん、それくらい。戦果は?」

「まあまあだな」


 会話はそこで終了してしまう。

 マリウスは武術大会で優勝するし、実践でも多くの功績を上げた剛勇。「神槍のマリウス」という渾名も持っているらしい。

 誰に頼まれてなくても、戦場を駆け回り大戦果は上げてくるし、ケガを負わず無事に帰ってくると思う。

 でも、私にはそういう話をいつもしたがらない。

 馬の手綱を取ろうとするが、先にマリウスが取ってしまう。


「村はどうだ?」


 マリウスは自分で馬を引いて村へ入っていくので、私もその横を行く。


「相変わらずだね。みんなで何とかやってるよ。ちょうど種まきも終わったところ」


 本当なら村のことよりも、私のことを聞いてほしい。

 おそらく私のことは聞かなくても「大丈夫」と答えると思ってるから、わざわざ聞いたりしないんだ。

 戦争で男手を取られているから、村のことは全部女性たちでやるしかない。家事や育児はもちろん、農作業、工事、修理などもやることになる。

 私も村長の娘として、先頭に立って村の女性たちをまとめている。


「すごいな。メラニーは人を指揮する才能がある」


 これはお世辞じゃない。

 どんくさいくせに、こういうところは思ったことを率直に言ってくるので、私はいつも戸惑ってしまう。


「軍も指揮できるかな?」

「それは……」


 ちょっとからかうつもりで言ってみたけど、マリウスはやはり言いよどんでしまう。

 これは力は認めているけれど、やってほしくはないという意味。

 素直にそう言えばいいのに、私を否定することになるから、マリウスは絶対に言わない。

 こう見えて変に優しいところがある。


「冗談だって! 気にしないで!」

「そうか、びっくりした」


 マリウスの父ロベールがベーシリス一帯を治める領主で、次男であるマリウスはこのルーベ村の代官を務めている。

 マリウスとはけっこう長い付き合いで、幼いころ、ロベールに連れられてルーベを訪れたのが始まりだった。

 ロベールは私の父と仲が良いようで、よく視察のためにルーベに来ていた。大人が難しい話をしている裏で、年の近い私たちは一緒に遊んでいた。

 私がマリウスの二つ下。そして妹がさらに三つ下だ。

 ロベールの長男、つまりマリウスの兄は病弱であまり外出しないらしく、会ったことがない。

 そういった縁もあって、今年18歳になったマリウスは、ルーベの代官に任命され、屋敷を構えている。


「だいぶひっそりとしてるな」


 村に誰もいない様子を見て、マリウスがつぶやく。


「みんなでお出迎えしてたからね」


 ルーベから出兵した兵士を皆で出迎えたから、村の中にはほとんど人がいない。

 でもそれ以外にも、村がひっそりしている理由がある。


「築城か」

「うん……」


 戦える男は兵士に、お年寄りなど戦えない男は後方で城砦を築いたり、物資の輸送任務に当たったりしている。

 そのため、村にいるには女子供だけだった。


「前線のキルメル砦が落ちたんでしょ?」

「ああ……。今は一つ退いて、ヘテロー城を固めている。すぐには敵が攻めて来ないだろうが、次の拠点が要る」

「うん、それが今造ってる砦だよね」


 ドラランドとカリファの戦いは100年近く続いていた。

 一進一退の攻防を繰り返していたけど、今はドラランドが押されていて、ルーベ北部に新しい砦を造っている。

 ヘテロー城も落ちたら、次はルーベが戦場になる。

 敵を食い止めるために、何としても砦を完成させてないといけなかった。


「間に合いそう……?」

「ここに来るまで遠目に見てきたが、だいぶ難航しているようだな」

「大丈夫かな……」


 ルーベ、ヘテローを含むベーシリスは、ロベール将軍の領地だ。

 国王の指示でルーベ北部に砦を造ることになり、各地から大勢の領民が集められている。

 しかし戦況の悪化もあり、思うように労働力が集まっておらず、少しずつ遅れていっているという。


「まあ、ここまで敵が攻め込んで来るようなことがあったら、私が村を守るから大丈夫!」

「おいおい、やめてくれよ」

「戦争に巻き込まれたら、戦うしかないじゃない」


 敵が自分たちの村に攻め込まれるような状況になったら、村民総出で戦うのが戦争の基本。

 なぜなら、そうしないと自分たちは全財産を失ってしまうから。そうなったら生きていけないので、死ぬ気で戦うしかないんだ。


「メラニー」


 マリウスは足を止めて言う。


「なに?」

「そう言うことは言わないでほしい」

「他に方法なんてないでしょ?」

「そうならないように俺たちがいるんだ。任せてほしい」


 マリウスの視線は一直線に私の目に突き刺さってくる。

 そしてその言葉が私の心臓を早鐘のように打つ。

 本人はただ真剣に考え、まっとうなことを言っているつもりかもしれないけど、効果はあまりにも大きすぎる。


「おい、マリウスー!!」


 そのとき、誰かが叫びながら馬でこちらに走ってきていた。


「トカロン」


 マリウスが呼んだのは隣の領地を治める騎士。


「マリウス、やばいぞ!!」


 そう言いつつ、トカロンは馬から飛び降りる。


「何があったの!?」

「メラニー、お前も聞いてくれ」


 マリウス、トカロン、そして私は幼馴染みで、お互いのことをよく知っていた。


「大事故だ! 砦が崩れた!!」

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