第57話
さて、それからの僕たちのことを簡単に記しておこう。
僕はアルバイトを始めた。何はともあれ会う回数を重ねないと復縁も出来ない。東京への電車賃を稼ぐためにゆりねがバイトしているコンビニで働き、夜は勉強に勤しむ生活だった。
「まさかやえちんが隣のレジに立つ日がくるとは思わなかったよね」
「ちゃんと教えてくれよな先輩。頼むぜ」
「なんだこの偉そうな新人は。ま、ゆりが教育係になったからにはビシバシいくよ〜」
品出し接客掃除などなど、アルバイトの仕事などそれくらいだけれど、働いてお金を稼ぐというのは何かがすり減っていく気がするから不思議だ。
同じ勉強でも仕事を学ぶのと数学を学ぶのでは圧倒的に後者が楽で楽しいことを初めて知った。
「うちはこれとこれが売れ筋だから絶対に棚からきらさないようにね」
「はぁ……」
「それから品出しはお客さんの少ない時間帯にやること。邪魔になるし見栄えが悪いしね。並べるときも賞味期限が近いものを前に並べて……」
「頭がパンクしそうだ……」
「わかるーがんばれー」
バイト中のゆりねは普段と違ってテキパキしている。
人の流れに常に気を配り客足が途絶えた時を見逃さずに品出し。さっきまで隣でレジを打っていたと思って振り返ればそこにおらず、ああ品出しかと棚に目を向ければ隣に帰ってきている。その無駄のない動きはもはやプロだった。
「お前……すごいな」
「別にこれくらいどうってことないよ。慣れればすぐにできるようになる」
「じゃあ早く慣れないとな」
僕達はバックヤードで休憩していた。ゆりねは売れ残りのポテチをつまんでひょいと放り投げる。「よっしゃ4連続~~」
なんでこんなに元気なんだろう? あんなに動き回っていたのに? 僕は机に突っ伏してコップのお茶を眺めていた。
「てかさ、なんでやえちんはバイトなんて始めたん?」
「ん?」
「別にいまどきビデオ通話とかでいいのにさ、毎週毎週東京くんだりまで行ってさ、大変じゃない? バイト代で足りるの?」
純粋に心配しているらしい瞳が僕に刺さる。
「……ビデオ通話も普通の通話もお気に召さないそうだ。離れ離れになった事を自覚してしまうのだとか。私の彼氏になりたいなら距離を感じさせるな。だとよ」
「ひゅ~、めんどうくさいね~」
「まったくだ。それを真に受けて毎週行ってんだぜ。自分でもどうかしてると思うよ」
片道2時間。快速を使えば1時間もかからないのだけど、高校生の時給では鈍行が関の山。
氷月さんのワガママに付き合ってはいるけれど、一緒に過ごせる時間はせいぜい6時間とちょっと。あちらに予定がある日もあるのだから6時間フルで過ごせることができれば良い方だ。
こんな生活を続けて3ヵ月が経とうとしている。
もう自棄になって会うたびに付き合ってくれと伝えている。なのに毎回断られ、もっと頑張れと言われる始末。
「いったい何が不満なのだろうなぁ……」
「さあねぇ、やえちんは充分かっこいいと思うよ。顔以外」
「一言余計だ」
「ごめんて。でもまぁ、今できる事を頑張るしかないんじゃないの?」
「そうなんだけどさ。こうまで断られ続けるといい加減こたえるぞ」
「それも彼氏の条件かもねぇ。さ、仕事仕事」
ゆりねが立ってレジへと出ていく。
このままでいいのだろうかと思う反面、これしかないと思うのも事実だった。
氷月さんがいなくなった日々は味のしなくなったガムのようなもので、何をするにもやる気が出ない。
ふとしたときに氷月さんの事を思い出してしまい、そうなるとしばらく彼女の事が頭から離れなかった。
そんな日々が1年ほど続いた。
僕達の関係が大きく動いたのは、そう、3年生になった冬の事だった。
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