第54話
というわけでお化け屋敷に行くことになってしまった。
僕の説得もむなしく氷月さんは帯同を断り僕は1人で七瀬の相手をしなければならなくなった。「私、嫌よ」と不機嫌そうな顔をし、断る時に唇が震えていたから氷月さんも怖いのが苦手なものと思われる。
自分で言うのもなんだが僕は筋金入りの怖がりだ。昔、来栖の家でホラー映画鑑賞会が強行された事があるが、夜通し映画を見続けるという内容にも関わらず僕は早々に気絶してしまった。
それくらい苦手だ。苦手なので間違いなくお化けは屋敷をリタイアするだろう。そんな情けない姿を後輩に見られたくないから、せめて恐怖を逃がす場所が欲しかったのだけれど、断られてしまった。
「ほら、行ってきなさい」
しっしっ、と氷月さんが追い払う。
「どうしても、ダメか?」
「だからそういうのはやめなさいって」
ということで、僕達はお化け屋敷へと向かった。
七瀬に手を引かれる僕達を見送って氷月さんはため息をついた。
☆☆☆
時は僕と氷月さんが別れる前日までさかのぼる。
場所は氷月さんの私室。そこへ七瀬と氷月さんが面と向かって座っており、なにやらどんよりとした空気がたちこめていた。
「……夏の間だけですから」
「………どうしても、付き合いたいの?」
「はい。夏休みが終わればちゃんと別れます。ですから……」
「……………………」
「八重山先輩には負担をかけません。私からお別れします。ですから……どうか」
七瀬は氷月さんに、夏の間だけ恋がしたいとお願いしていたのだ。
「どうして、八重山なの?」
「……ひづ姉さんがあまりにも楽しそうですから、私も、八重山先輩みたいな人と付き合いたくて……」
「だったら自分で探してよ。どうして別れなければいけないの」
「……本当は私が付き合うはずでした」
「…………」
無論、氷月さんはとても嫌だった。
断りたいと思った。
別れるときを思うと、体の半分を裂かれるような気持ちになる。
でも、それでも夏の間だけならと許した。
七瀬の事情は氷月さんも知っている。可哀相だと思ったらしい。
「でも……やっぱり断れば良かったな……。私にしてくれたことをしーちゃんにもしてるのかなとか思うと胸がモヤモヤするよ。はぁ、八重山に限ってそれは無いと思ってても、疑っちゃう自分が悲しい……」
氷月さんはため息をついてお化け屋敷を見上げた。この中で今も僕達がくっついているのかと思うと、心臓が取れるような気がした。と後で聞いた。
苦しかった。
信じていても、信じたくても、強くなる光がさらなる影を生んだ。
「断れば良かった。……でも、八重山に迷惑はかけないと言っているし」
「……りんちゃん。今のは?」
「……え?」
「なんだか、うちの子が男の子と手を繋いでいるように見えたけど? 今日はあの子のお祝いに来たのよね」
本当に、断れば良かった。
☆☆☆
さて、僕と七瀬の方はと言うと、色々あった。入場早々お化けに襲われた僕がハプニングを装って抱き着こうとした七瀬を置き去りにしたり、暗闇で足を掴まれた僕が「きゃあ!」と乙女のような悲鳴をあげたり、「もう行きたくない!」と叫ぶ僕を七瀬がなだめたり、と、色々あった。その恋心と恐怖心のすれ違いの果てに七瀬は甘える事を諦めて
お化け屋敷を出るといっぱいの太陽。
「あのぉ……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……お化け屋敷はもうこりごりだ……」
「そうですね。もう入らないほうが良いと思います」
僕達は氷月さんを探した。そういえば待ち合わせ場所を決めていなかったなぁと辺りを見回していると、ベンチに座って誰かと話している彼女の姿があった。
途端に七瀬の表情が引きつる。「お、お母さん……なんで?」
「へ?」
「お母さんが、ひづ姉さんと話してる……どうして?」
☆☆☆
遊園地のレストラン。高い。
七瀬のお母さんと氷月さんと七瀬と僕という奇妙な4人で食事をすることになった。
メニューをちらっと見てみると限定メニューの高いこと高いこと。好きなものを頼んでいいよと言われても、その優しさがまた怖かった。
「あなたが彼氏の八重山くん?」
と七瀬のお母さんが口を開いた。そのとたん胸にずんと重いものが落とされたような気がした。
「うちの子と仲良くしていただいているようで、ありがとうございます。私は知りませんでしたけどもうお泊りくらいは済ませたのかしら?」
「お母さん!」
七瀬が立ち上がった。それを七瀬母は目で諫めると、鋭い視線を僕に向ける。
「え、いえ……まだ……」
「まだ……という事は今後する可能性があるという事ですよね? うちは厳しいの。それは理解していただいているのかしら?」
「はぁ……それは……」
僕は曖昧な言葉を返すしかなかった。お爺さんが厳しい人だとは聞いていたけれど、まさかお母さんまでが厳しいとは思っていなかったからだ。
父や母は七瀬の味方で、お爺さんだけが理解してくれていないのかと思っていた。が、それは違うらしい。
「星には期待しているの。うちの子は優秀なんです。これから社会に出てみなに必要とされる人材になるの。そのためには高校生のうちからしっかり勉強して、誰からも好かれる人でなくてはならない。恋なんかにかまけている暇はないんです。娘にそんな時間は無い」
「それって何のためですか?」
「なんのため?」七瀬母のまぶたがピクリと浮いた。
「恋をしたら勉強ができなくなる、という事の是非は置いておいて、いったい何のために七瀬を縛るんです。勉強をしてどうなるんです。人に頼られてどうなるんです。社会に出て必要とされたからどうなんです。それで七瀬は幸せなんでしょうか」
「そんなこと知りませんよ。幸せになれるかどうかはうちの子次第です。でも、幸せになれる可能性は、いまを自堕落に過ごすよりも圧倒的に高くなると思いますが?」
「自堕落なんて思いませんけどね。実際、七瀬は部活の調子が良くなったと言っていました。恋をすることで良い方向に進むこともあるのではないでしょうか。僕は恋をしても良いと思う」
「それはあなたの考え方。うちにはうちの考え方があります」
弾圧するような視線がぶつかる。七瀬母は退こうとせず、僕も退くつもりは無かった。七瀬の恋人になってくれと氷月さんが言ったのだから僕はそれをまっとうする義務があると思うし、いま退くことは僕達3人の想いが過ちだったと認める事になると僕は思った。だから退かない。
「恋をして目に見えて変わる事があるとすれば、それはその人の内面の話だ。僕と貴女が外野からどうのこうのと口を出していい話じゃない」
「私はギャンブルをしたくないというだけです。恋をすれば人は変わる。今は良い方向に進んでいるとしても、不安要素はたくさんあります。関係が終わったらどうなるんでしょうか。あなたがダメ人間だったら? 娘が努力をやめてしまったら? 恋よりも大切な物はないなんて言い出したら、もうダメなんですよ」
「……子供だからってあまりにも失礼だ」
「言い過ぎたのは謝ります。でも、成功するか失敗するか分からない道を行くよりも絶対に成功すると決まっている道を行く方が正しいとは思いませんか?」
「………………」
「それに社会に出てからの方が知り合う男性の数も増えます。学生時代には出会わなかったたくさんの人の中に、あなたよりも優れた人は必ずいます。どうして今選ばなければいけないのでしょう?」
七瀬母の言い分は正しい。
だからこそ面白みがないと思った。「カウチポテトはお嫌いですか」
「……はい?」
「確かに人はダメになるかもしれない。恋をして自分の感情が抑えられなくなるでしょう。我慢ができなくなって子供みたいになって……」僕は氷月さんをチラリと見た。彼女は複雑な表情でそっぽを向いた。「それで良いと思うんですよ。頑張り過ぎたら息が詰まる。凝り固まった脳みそをほぐすために恋をすれば良いと僕は思うんです。自堕落になったっていいじゃありませんか。その人の前だけであれば」
「公私の区別がつくならそれでも良いでしょう。でも、混同し始めたら? それで娘の人生がダメになったらどう責任を取るおつもりですか? 学生時代の恋なんて性欲の錯覚でしかないというのに?」
「性欲は人間の三大欲求に数えられてますがね。ほどよく満たしてやるほうが人生に張り合いが出るというもんです。その実感はあなたもされているはずでは?」
「私はそんな浮ついた人生を送ったりしてません」
「じゃあどうやって七瀬を産んだんです」
「……………」
「僕は、相手が恋に溺れてダメになったとしても支えてあげられる人になりたいと思うし、それくらい好きになってくれて、信じてくれる人と添い遂げたいと思う。貴女のように損得勘定で伴侶を選ぶつもりはない」
「なら……」
七瀬母はキッと僕を睨むとこう言った。
「娘とは、別れていただきます」
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