第44話


 その次の日。氷月さんは本当にデートに誘ってきた。


 今度は映画を見に行こうと言うのである。昨日も来たショッピングモールであった。


 特に長所も無い平凡な男子がとあるきっかけで超美人なクラスのマドンナと仲良くなり、やがて結婚する様を描いた恋愛ものらしい。美少女と平凡男子の組み合わせはよくある題材だと思うけれど、僕の立場が立場なだけに恣意しい的なものを感じざるをえない。


「なんで、この映画なの?」と僕が訊ねると氷月さんは、


「見たかったから」とパンフレットを読みながら答えた。


 僕は「ふぅん」と口をとがらせた。


 今日の氷月さんの恰好というのが、昨日のネックレスを基準に考えたのだろうと思われるほど可愛かった。


 胸元が大胆に開いたベージュの上着に薄い青色のジーパン。大きめの上着を着ているからかタックインをしているのにダサく見えない。開いた胸元に揺れるのが水色のネックレスである。アクセサリー部分は水色。チェーンは銀色の少し子供っぽいネックレス。しかし氷月さんのセンスによって、大人のいたずら心を思わせるネックレスになっていた。


(似合ってるな。ていうか、ネックレスを着けてくれたのか)


 嬉しい。そう思う反面、なぜだか褒めづらさを感じた。


 僕も氷月さんに買ってもらった服を着てきたけれど、組み合わせは決まっているし、僕にできる事といったらせいぜいパンツを変えるだけである。イチからファッションを考えてきた氷月さんとは大違いだ。


 褒めるべきか褒めないべきか、いや、褒めた方が良いのだけど、僕は買ってもらった服をそのまま着てきたのだぞ。氷月さんが気にしていたらどうするのだ。


 これが平凡男子であるゆえんか……と僕が半ば達観した気持ちになっていると氷月さんがパンフレットから顔をあげて、


「ねえ、八重山」と話しかけてきた。


「うん?」


 目が合う。


「……………」


「……………」


 しかし数秒見つめ合うと、氷月さんは何かに耐えかねるようにバッと顔をパンフレットで覆った。「……だめ、似合いすぎ……」


「………凜も、可愛いよ」


「……………」


 カウンターで褒めてみる。これで氷月さんが照れてくれれば話が早いのだけど、やはりあの日から手強くなったように感じる。


「も、もう時間だから映画館に行こ? ほら、ポップコーンとか買わなきゃ!」


「あ、うん……そうだね」


     ☆☆☆


 映画と言えばポップコーンとコーラである。僕と氷月さんはお金を出し合ってポップコーンを買い、飲み物は好きなものを買った。


 映画は普通だった。


 僕は歳の差カップルの映画が好きなので同い年同士の映画はあまり見ない。しかし氷月さんはこういうものが好きなようで、ときおり、映画に返事をしながら一心にスクリーンを見つめていた。


「うんうん」とか「え、なんで!?」とか「違うよ」とか、隣に僕がいることも忘れて見入っていたらしい。映画が終わった後で「氷月さんってテレビに話しかけるタイプ?」と訊いてみると「なんで分かったの!?」と驚かれた。


 いま、スクリーン上ではちょうど告白のシーンが流れている。恋愛ものを敬遠する一番の理由が、男の告白に興味が無い事である僕は、結末の分かりきった山場に飽きてしまって、ポップコーンに手を伸ばした。


 と、ポップコーンを食べようとしたらしい氷月さんと手が触れる。


「あっ」


 氷月さんは驚いたような声をあげたけれど、何を思ったのか指を絡めてきた。


「おっとごめん。……え?」


「良い所だから喋らないで」


「いや、何を……」


「しーーーーー」


 氷月さんは熱心にスクリーンを見つめたまま。しかし手はしっかりと恋人繋ぎである。


 フィクションの恋愛にあてられたのだろうと思われる。指先をジッと固めてそこに僕がいる事を確かめるように、ときおりギュッと握った。僕はそれを邪魔しないように、ただジッとしていた。


「いやー、いい映画だったね!」


 エンドロールが終わり、シアターから他の観客に混じって出る。氷月さんは終始浮かれていた。


「そうなんだ」


「そうなんだって……見てたでしょ?」


「見てたけど……途中で飽きて凛の顔しか見てないよ」


「もったいない……とってもいい映画だったのになぁ」


 映画を見た後はフードコートで軽い食事にした。


 氷月さんは両手で頬杖をついて「あーあー」と文句ばかり言っていた。


「せっかく映画の感想で盛り上がれると思ったのに」


「ごめんて」


「人前では節度を持たないとダメだよ。私も八重山の事は大好きだけど、それだけじゃあ、なんだか恋に恋してるだけじゃん。そんなの大人の恋じゃないよぅ」


「それはそうだ。しかし、僕達はまだ子供なのだから等身大の恋をしても良いと思うんだ」


「……………」


「どうしたの」


 氷月さんは驚いたような顔をしていた。「いや、八重山がそういう事を言うなんて思わなかったから」


「そう? 僕はこう見えて子供だよ」


 僕はそう言ってコップの水に手を伸ばした。


 氷月さんは納得がいかないような顔をする。


「……たしかにさ、年上の女性が理想ではあるけれど、理想は理想のままで良いと思うんだよ、僕は」


「子供っぽい私が好き?」


「そうも言ってないよ。僕はありのままの凛が好きなんだ。それは何かっぽいとか、こんなところがとかじゃなくて、凜のありのまま。凛の精一杯が好きなんだよ。凛と付き合っているんだから、当然だろ? 凛と僕にしかできない恋があるはずなんだ。僕はそれを見つけたいと思うよ」


「…………」


「だから、矛盾しているようだけど、今の凛も好きだよ。お姉さんっぽい感じの凛はとても好きだ。ただ、それをされると僕に余裕がなくなるから、堪能できないのが残念だ」


「堪能って……」


「変?」


「変じゃないけど……」


 氷月さんは俯いて首を振る。「いや、やっぱり変だ」


「おい」


「いや、良い意味でね? 今日の映画、普通の男の子と綺麗な女の子の話なんだけど、うん、やっぱり、八重山はぜんぜん普通じゃないよ。映画の男の子とは全然違う」


 僕は、当たり前だと首を振った。


「だってさ、男の子は、女の子が子供っぽく怒る所を見てこう言うんだよ。思っていたのとは違うって。それがすれ違いを生むんだけど、映画のストーリーだって分かってるんだけど、八重山ならこうは言わないなって思った」


「…………」


「私も、他人からどう言われているかは分かってるつもり。だから、八重山が驚かないでいるのがずっと不思議だったんだよ。でも違ったんだね。八重山は最初から内面を見てたんだ。私が綺麗でいる事ばっかりにこだわっていたのが、八重山には子供っぽく見えてたんだね、ずっと」


「うん」


「だから、受け入れてくれた」


「うん」


 そもそも氷月さんの外見を気にするようになったのはつい最近の話なのだけど、怒られそうだから言わないでおこう。


 氷月さんは空の食器が乗ったトレーを持って立ち上がると、チラッと僕を振り返って言った。「八重山はいつも私の価値観を壊してくれるから好き。でもいつか、大人っぽいって言わせるから」


 そう言ってスタスタと返却口に向かった。


 僕は、そういう氷月さんすら可愛いと思うのだった。

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