4章

第34話


 そんなこんながあって期末試験は終了。地獄の日々が終わりを告げると同時に運動部や文化部の連中の顔がいっそう引き締まる。夏の大会やコンクールがもう目前に迫っているのである。1年生にとっては初めての大会で、3年生にとっては最後の大会。2年生は、みなが悔いを残さないよう全力を出す。最後の追い込みが始まるのである。が、しかし、万事無事解決とはいかなかった。


「再試………………………明日………………部活…………………」


 来栖が泣きながら教科書にかじりついていた。この1週間のごたごたで勉強が手につかなかったらしい来栖は見事に数学で赤点をとったのである。


 嗚呼、現実は非情。恋が上手くいかなかったからといって学校がバランスをとってくれたりはしないのである。彼女はいま、勉学をおろそかにしたツケを払わされているのだった。


「けんジィが上手くいってんのすっげ~~むかつく~~~~」


「んなこと言われてもなぁ……」


 僕は勉強が苦手だけれど馬鹿ではないので、再試というものをついぞ受けたことがない。受ける事がないまま社会に出たいと思っている。これから再試だという来栖の最後の詰め込みに付き合っているが、しかし、こんな調子で大丈夫なのだろうか?


「これも間違ってる……。ここはこうしてだな」と説明している間にも来栖は呪詛のように「ううううう部活部活部活部活部活」と呟き続けて、ノートにまで部活部活と書きまくっている。3年生のために頑張ると意気込んでいたからか、壊れてしまっている。


「落ち着け……ほら、再試に合格したらなんか奢るから元気だせよ」


「ううぅぅ、けんジィが彼氏だったらなぁ……きっと100点満点も取れるんだけどなぁ」


「保健体育だけは赤点だろうな」


「女の子と付き合った事ないもんね~~」


 自分でネタにしてる所を見ると傷はそこまで深くないらしい。平気なフリを装っているだけなのかもしれないけれど、僕がそこまで立ち入るべきではないだろう。ここから先は来栖が一人で解決し、血肉にすべきことである。その繰り返しで人は成長するものであり、素敵なお姉さんはこうして形作られていくのであろうと思う。僕はその成長を遠くから見守しかない。


「なんかさ、すごくサッパリした気分だよ。心のどこかでこうなる事を望んでたのかな。なんだかんだ言ってけんジィといる時間は安心するよ。たとえ告白が上手くいってもさ、それで別れちゃったら、断られるよりも傷つくと思う。けんジィと疎遠になる事が一番つらいよ。100点満点じゃないけど80点の恋だった。だからこそ良かった。そう思ってる」


「そうか……」


「あのとき追いかけて来てくれてありがとう。ハッキリと、凜の方が良いって言ってくれたから素直になれたよ。追いかけて来てくれなくて、一人で傷ついていたらきっと今のようには…………いや、考えるのはやめよう。いまが一番楽しい。うん。それでいい!」


 僕は神妙な顔で聞いている事しかできなかった。


「そんな顔しないでってばさ~~。けんジィが気に病んでどうすんの。凛が好きと言うなら当たって砕ければいい! そんでフラれて同じところまで落ちて来ればいい!」


 来栖はそういってカラカラと笑った。


「お前さぁ……」


「でも、もう付き合ってなんていわないよ。きっと私たちはこういう関係が一番いいんだから。恋のドキドキよりも安心感と楽しさがあれば良い!」


「じゃなくてさぁ………」


「うん?」


「再試って何時から?」


 僕は時計を見て言った。もう5時を回っているけれど、いつまでもこうしていて良いのだろうか?


 そう思って訊ねると来栖は一瞬固まったあと、ぴゃーーーーーーー! と叫びながら走り去った。どうやらまずいらしいということだけ分かった。


「大丈夫かぁ? あんな調子で………」


「…………………」


「君もだ…………凛。来栖が元気なのになぜ君が避ける?」


 僕はため息をついて教室の端を振り返った。そこにはいじけた様子で壁と同化している氷月さんの姿がある。


 来栖の告白を断ってから、ずっとあんな感じだ。


「…………………」


「凛、いい加減そこから離れたらどうだ? 人間はモルタルにはなれない」


「別に壁になりたいわけじゃない。ただ………どんな顔をすればいいか……」


 氷月さん曰く「告白を断ったのにすぐいつも通りに戻ったのが理解できない」らしい。


「八重山をとられたって言われるなら、まだ、いい。嫌われてもいいと思ってた。だけど、いつも通りだとちょっと困る………」


「君が追いかけろというから僕は追いかけたんだ。その傷を飲み込めと僕は言ったはずだが?」


「私の事もケアしてって言った」


「………………」


 僕は意地でも壁から離れない氷月さんの手を取って椅子に座らせた。


 僕も近くの椅子をたぐり寄せて座る。


「だってさ、だって、私だって私なりにこの三角関係の落としどころを考えてたんだよ。だって、どうやったって気まずくなるに決まってるじゃない。それをあっさりいつも通りに戻られたら……2人の仲の深さを見せつけられてるみたいで……もうそんなの、恋とか愛より信頼しあってないと無理だよ……付き合ってるのに、彼女は私の方なのに……」


「………………」


「ああ、こんな事言っちゃだめだよね……でも、やっぱり、考えちゃう。私なんてただのぽっと出なんだって。2人が培った時間が私を脇役にするんだ。まるで、2人の仲を進展させるための端役みたいな……」


「………………」


「木実はやっぱり強いよ。もう何事も無かったみたいに立ち直っててすごい」


 氷月さんはいつまでもいじいじと呟いていた。


 僕と来栖のやり取りを見て自信を失ったものと思われる。それは仕方のないことだから僕は気にしていないけれど、だとしても、言って良い事と悪い事があるのは伝えなければならないだろう。


 僕は氷月さんの頬を両手で挟み込んで、頬をへっこませた。


 僕は怒っていた。


「ひゃ……ひゃいひゅゆお……(何するの)?」


「それは違うぞ、凜。来栖があっさり立ち直ったなんて、そんなことは絶対にない。君は何も分かっていない」


「……………?」


「来栖が強い? そんなわけあるかよ。散々泣いて、散々思いのたけを吐き出して、散々傷ついてようやく開き直ったんだ。それを強いなんて言葉で片づけるんじゃない!」



 

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