第33話


 翌日。来栖はあんがいスッキリした顔で僕のところに駆け寄ってきた。


「おっはよ~~~」


「おはよう。いつにもまして元気だな」


「そう? こう見えてかなりブロークンハートなんですけど」


「髪型……変えたのか」


「うん」


 肩までかかるボブカットから、耳がでるくらい短いショートカットになっていた。髪型を変えるほどの決意をさせてしまったのかと思うといたたまれないような気持ちになってくる。


 僕と来栖の関係に一つの大きな区切りがついた。それは今まで容易に飛び越えていた一線を越えがたくさせるだろう。恋人のようで友達のような関係から、明確に友達だけの関係に変わってしまったのである。


 僕が言葉を詰まらせていると、来栖は、しかし、「鬱陶しい!」と言って背中をバシンと叩いた。


「けんジィがしょげてどうすんのさ! いつもの無神経でいてくれないとこっちが困るよ」


「はぁ!? 誰が無神経だ! 誰が!」


「お、いい顔になった。そのままのけんジィでいてくれないとさ……」


 来栖はそこまで言って髪をかき上げるような仕草をした。けれど、もうショートカットになった彼女の髪はかき上げるほどの長さが無くて、それに気づいた来栖はハッとした表情で「癖が、抜けない」と呟いた。


「そのままでいてくれないとさ、まだ、縋っちゃいそう………」


 そう悲しげに伏せた顔はとても大人びていた。


「……そうか」と、僕は口を開いた。


「ん?」


「いや、なんでもない」


「そう、あ、凜だ」


 来栖がお~~いと声をあげて氷月さんのもとへ駆け寄っていく。その後ろ姿を見ながら僕はぼんやりと、さっき言いかけたことを口の中で呟いた。


「癖が抜けたら、君はきっと僕以外の男の隣にいるんだな。僕の知らない幸せそうな顔で寝ているのかもしれない。だって君はもう……」


 ……もう、大人に見えるから。


 それを伝えるのはとても残酷な事に思えたから、言わないでおこうと思う。

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