第31話
そもそも僕と来栖のファーストコンタクトがなんであったかと、気になる人がいるかは知らないけれど、どうか知っておいてほしい。
来栖は昔はひどく引っ込み思案で俯きがちで本が友達。人に話しかけるよりも花に話しかける方が楽しいというようなとても大人しい女の子だった。
今は引き締まってすっきりしたお腹も当時はペンギンのように柔らかく、ほっぺもお餅のようであった。
そんな彼女とは、小学校の帰り道、鍵を失くして泣いているところに遭遇したのだった。
教室を出てからずっと俯いたまま校門を抜け、通学路を用水路に沿って歩き、公園の植え込みに首を突っ込んだ所でたまらず声をかけた。
「探してるのって……これ?」
「……あ………うん」
「………………」
「………………」
そのころの来栖の猫っぽさたるや、そんじょそこいらの猫耳2次元少女の追随を許さない捨て猫っぷり。もはや野良猫であった。ジッと見つめる警戒心丸出しの瞳は不安そうに揺れ、キュッと結ばれた口元が語る拒絶。同級生に話しかけられたとは思えないぐらいの怯え方である。
それはそのはず。当時の来栖は軽いいじめにあっていたから男子が嫌いだったのだ。
僕が鍵を拾ったのは教室だった。
「や~~い、悔しかったらとってみろよ、ちび!」
「返して……返してよぅ!」
来栖は中学に入ってから急成長するタイプだったから、小学3年生の当時は平均以下の身長であった。内向的な性格のせいか、見た目よりも小さく感じる。言葉数も少ないからいじめやすかったのだろう。
クラスのリーダー格であるだみ声男子が来栖の筆箱を取り上げて、来栖が飛び跳ねる。その際にポケットから鍵が零れ落ちて僕の足元に転がってきたのだ。
もちろん僕はすぐに返そうとしたのだが、リーダー格のだみ声(例によって例のごとく名前は忘れた)が筆箱を持って教室を出て行ってしまったために、その場で渡す事がかなわなかったのだ。
「はい」
と、差し出すと、来栖は恐る恐る鍵を受け取って走り去った。
少し走ってピタッと止まってから振り返って「ありがとう」と呟いて、また走り去った。
その横顔があまりにも不憫で、可哀相で、まだ純粋だった僕はその横顔に心を打たれて「力になりたい」と思った。
それからは折を見て来栖に話しかけたりした。
☆☆☆
追いかけろなんてかなりの無理難題を押し付けられたものである。学校、ゲーセン、コンビニ、駅近くのデパートなどなど、来栖が行きそうなところはあらかた回ってみたけれどどこにもいない。ともするとバス停で帰りのバスを待っているのかもしれないと考えてもみたが、やはりいなかった。
「……ったく、どこに行ったんだ? 他に来栖の行きそうな所は……」
そう呟きながら、僕はふと、昔通っていた小学校近くの公園に来ていることに気がついた。町3つ分の距離を走った事になる。背中や顔が汗でぐっしょりだった。いつの間にこんなに走ったのか分からないし、どうしてこんなに一生懸命走ったのかも分からない。ほとんど無我夢中だった。
その公園にはブランコや鉄棒、ジャングルジムなど、そこそこの遊具が揃っていたはずなのだが、今はほとんど撤去されて、空き地にブランコがぽつねんと置いてあるといったような具合である。まだ僕にも青春的パトスが残っていたのか……などと驚きながら寂しくなった公園を見回していると、ブランコに座り込んで、足をブラブラさせている来栖の姿が目に入った。
いつもの元気な様子はどこへやら。両手でブランコの鎖を掴んで寂しげに地面を蹴っていた。ブランコを漕ごうというよりは、ただイタズラに地面を蹴っているようである。僕はなるべくいつもの調子で話しかけた。
「ここにいたのか、来栖」
「……………」
来栖は僕を見上げて驚いたように目を見開いた。なんでここにいるのだと言いたいのだろうけれど、言葉が出てこないのか口をぱくぱくさせている。
「これだけはハッキリさせておくけれど、来栖と凛のどちらかを選ぶと聞かれたら、僕は凛を選ぶ。それだけは先に言っておく」
「……そう。それを言うためにここまで来たんだ?」
「いや、それは違う」
「私の悲しむ姿を見るために?」
「んなわけあるかよ。そこまで性根が腐っちゃいない」
「じゃあなんのためによ」とつっけんどんに言う来栖の言葉を聞き流して、僕は隣のブランコに腰かけた。
「2人きりで話をするためにだ」
「……凛が聞いてたの。やっぱり気づいてたんだ」
その口ぶりから察するに来栖はとうの昔に気づいていたらしい。
「気づいていた……というか、僕の視界からは丸見えだからな」
「だよねぇ……それをさ、私は、凜が心配してるんじゃなくて、2人が裏で繋がってるんじゃないかって疑っちゃうくらいには、
「…………」
「……うん、荒んでる。そうとしか言いようがないよ。友達にこんな事を思っちゃいけないのにねぇ……嫌な事ばっかり考えちゃう。こんな子を好きになる男子なんているわけないよ、はは」
「……そうか?」
「ん?」
「友達の嫌な所が思い浮かばないやつなんているか? 友達には良い顔をしていなければいけないなんて誰が決めた?」
「……………」
「そんなこと言ったら、僕と神崎の仲はなんなんだ。顔を合わせるたびに罵倒し合ってる仲だぞ」
「2人は特別だよ……」と来栖はため息をつく。
僕と神崎が特別? 勘弁してくれ。
「私も、けんジィに思いっきり悪口が言えたらなぁ。言いたいなぁ、言っていい?」
「そう確認されたら嫌だと答えるぞ」
「さっき遠まわしにふってきたくせに、逃げる気か」
「誰だって嫌だろうが。でもなぁ、仲が良いからこその悪口は大歓迎だぞ? お互いに罵倒し合ったあとに馬鹿らしくなって笑い合えるようなさ」
「お、いいね、それ」
「僕は来栖の思った事を素直に言わない所が嫌いだ」
「おい、けんジィの方から言うのはズルいぞ」
来栖が顔をしかめた。
「そんなら私は、ぜんぜん私のアピールに気づかない所が嫌いだ」
「アピールなんてしてたか?」
「してたよ! 思いっきり! もう毎日アピールしてたのにぜんっぜん気づかないんだから!」
「……………毎日半額、みたいなもんか?」
「私の恋はスーパーの特売じゃない! そんなに安くない!」
「じゃあ、いくらだ?」
「人生1回分」
「なんで結婚から墓に入るまでが含まれてるんだよ……」
僕はため息をついたが、しかし、来栖の顔色が良くなったように見える。
ひとまず話の掴みは成功したみたいだ。
僕達はしばらく互いの悪口を言い合って、ようやく本題に入った。
その口火を切ったのは来栖だった。
「けんジィの、いつも優しい所が……嫌いだ」
「…………」
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