第29話
期末試験の1日目が終わってほぅと息をはく。どうやら僕は心配事があるほうが物事をスムーズに進められるタチらしく、いつもなら難解な証明問題を前に阿呆学生の
しかし、僕の本当の仕事はこれからなのだ。
とにもかくにも2人きりの時間を作らねばならないと思い、明日のための勉強をしようという口実でカフェへと呼び出した。
あらかじめ言っておくと神崎が務めているカフェとは別のカフェである。アイツがいると話がややこしくなる上に勉強に混ざってきかねないからやめておいた。
軽いガラスのドアを開けると爽快なBGMが流れるオシャレな店内が広がっている。僕達は壁に面した席に座ると、来栖を壁に向かい合う席に座らせ、僕が入口に向かい合うように座った。氷月さんが様子を見ると言って聞かないので、ばれないようにするための配慮である。
アイスコーヒーを2つ頼んで僕達は勉強にとりかかった。
「…………………」
「…………………」
その間、無言。
これにはさすがの氷月さんも呆れ果てて怒りのスタンプ連打。
『バレるからやめてくれ』『スマホがブーブーなってうるさいんだ』
『さっさと話しなさいよ!』『じれったいわね!』
『そんなこと言われたってきっかけが……』
ぽんこつ! とポップなキャラが怒っているスタンプ。
そんなことを言われたって、今の来栖は貝のように押し黙っているのだ。
……やあ、最近調子どう? なんだかいつもと様子が違うけれど?
……ええ、なんだかあまり気分が優れないの。どうしてかしら。
……それはきっと悩み事があるからだね。僕に話してごらんよ。
不自然極まりない!
僕はため息をついてスマホをポケットにしまうと、一時休憩しようとコーヒーに口をつける。いくら考えても分からないときは頭をリセットすることに限る。一つの事に集中すると視野が狭くなってしまう。一息つく事で視野を元に戻してやるのだ。
しかし、僕はストローで飲むコーヒーが好きではない。なぜなら、コーヒーの味は本当にささいなきっかけで変わってしまうからだ。それは淹れる際の水の温度や抽出時間、カップの形状にさえも影響される繊細微妙なマクロの世界。苦み、コク、酸味。どれ一つとっても完全再現が出来ないとテレビで見た。ゆえにストローなどという時勢に配慮した飲み方を嫌うのである。
と、同じく休憩することにしたらしい来栖と目が合う。
髪をかき上げながらストローを
「………なにさ」
「……いや、別に」
「………ふぅん」
僕が苦みを堪えていると、まつげの奥から疑り深そうな視線が覗く。
なんだろう。
「……コーヒー、苦手じゃなかった?」
僕からふいと目をそらしつつ来栖はコーヒーを啜る。なるほど。普段コーヒーを飲まない僕がブラックを頼んだことが不審らしい。
「苦手ではない。これは
「ふぅん……分かりそう?」
「今はまだ分からないという事が分かった」
「そうなんだ……なら良かった」
午後1時という時間もあってかフードメニューのないカフェは
今日の来栖の声は澄んだ深みのある声色をしていて、落ち着いたトーンが店内に溶け込むよう。
僕はいままで、高校生というのは大人になったと勘違いした子供たちの集団だと思っていたけど、それは違うのかもしれない。体の成長に伴い人間的にも深みを増し始める年齢。ふとした瞬間に『大人』を醸し出すのが高校生という時期なのかもしれない。今の来栖はまだ大人びた女子であるが、これがいずれ大人の女性になっていくのだろうという事がすんなりと受け入れられる。それほどまでに来栖の様子は女性のようであり、僕はつい見とれてしまった。
これが氷月さんだったらなぁ……などと考えている自分に気づいて恥ずかしくなった。今目の前にいるのは来栖なのだ。他の女性の事を考えるなど失礼である。
僕が頭をぶんぶん振っていると、ふいに来栖が話しかけてきた。
「ねえ、けんジィ?」
「うわっと……な、なに?」
「もしさ、もしだよ……?」
「うん……」
来栖の表情は……どう表現したらよいのだろう? 大人と子供の入り混じった……苦しみと恋の入り混じった……例えるならカフェラテのような……一言では表しづらい表情をしていた。僕はその顔を美しいと思った。
そうして、氷月さんの予感が当たっていた事を切実に物語っているのだった。
「もし、大切な友達と同じ人を好きになったとしたら、けんジィならどうする?」
小日向ゆりねが、余計な事を言っていた。
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