第27話


「ゆりねは平気で人を切り捨てる奴だよ。所属しているグループの旗色が悪くなるや否や即座に切り捨てて別のグループに取り入ってしまう。どのグループにも属せるようにあらゆる人に良い顔をする。みんな、恐ろしいヤツだって思ってても、人当たりの良い笑顔と距離を感じさせない話し方に騙されて仲良くしてしまう。そうしていろんな情報を集めて、いろんな弱みを握って、いろんな人を見限ってきた。最低。最悪。人の心が無いヤツだ」


「お褒めにあずかり光栄です」


「絶対に仲良くしないで。こんな奴。何を考えているか分かったもんじゃないんだから!」


「何も考えてないかもしれないだろー? ていうか、楽しく生きる事以外考えてないよ」


「嘘ばっかり!」


 どうしてこんな事になってしまったのか皆目見当もつかないのだけれど、小日向ゆりねは当然のような顔をして僕達に付いてきた。断ろうとしても断り切れず、しかし強い言葉で断る事は憚られて、ずるずると成り行きに任せるままになってしまった。


 どうも彼女を前にすると肩の力が抜けてしまう。ふわふわとした彼女の言動が、小動物のような可愛さと不思議なつかみどころの無さを醸し出すせいだろう。学校の下のバス停でバスを待つ間。小日向ゆりねはのらりくらりと来栖をかわしながら僕達に次々と質問を浴びせかけた。


「凛たんって綺麗だよね。どんな化粧品使ってるの?」


「凛、答えなくていいよ。ゆりねはこうやって人に取り入るんだから」


「うーんと、安いヤツ……だけど………」


「凛!」


 来栖が氷月さんをかばうように彼女の前に立ちはだかるが、無駄だった。


 小日向は来栖をぽいっとどかして「うそ! 意外! ぜんぜんそうは見えないよ! もっと高いヤツ使ってるのかと思ってた!」と言葉を続ける。


「そ、そう? ……まぁ、肌に合うか合わないかがあるし、安いのでも使い続ければそれなりに効果はあるよ。小日向さんも綺麗じゃないの」


 綺麗と言われてまんざらでもないらしい氷月さんは、髪を撫でて恥ずかしそうに俯いた。


「えへへ……凛たんにそう言ってもらえる日が来るとは! ゆり、このまま死んでもいい!」


 小日向は氷月さんの陰口を叩いていた高円寺の取り巻きだった。その彼女と親しげに言葉を交わす心境はいかほどなのだろうと僕は考える。


「そういえば凛たんって県外生だよね。どうしてこの高校に来たの?」


「あー、それは……地元の子がいない所に行きたかった……から?」


「どうして?」と小日向が首をかしげる。ところへ再び来栖が割って入るが、無駄だった。


「あ、もしかして、新しい友達が欲しかったからとか!? それならゆりも分かるよ。ゆりも県外だしさ。あれ、でも、寮に入ってないよね?」


「あ、うん、親戚の子のところにいそうろう……」


「へーーーー!」


 氷月さんの様子は、パッと見た感じでは良好である。あまり気負っている様子が無いというか、小日向の打てば響くようなリアクションが心地良さそうというか。とにかく、今の時間を楽しんでいるように見える。彼女が楽しんでいるなら、僕に口を挟む理由はない。


「く……凛を守れなかった。凛の情報がどんどん盗まれていく……」


 来栖だけは悔しがっている。「けんジィだけは、守らないと」と何かを決意したようだけど、僕には普通の会話をしているようにしか見えない。


「それでさ、やえちんの好みのタイプってどんなの?」


 ところが、今度の標的は僕のようだ。


「あん?」


「年上好きとは聞いているけどさ、甲斐甲斐しい人なのか厳しい人なのか少しメンヘラ気味なのがいいのか、いろんなタイプがあるじゃん?」


「あーーー、なるほどな。そうくるか……」


 僕の情報に価値があるのか分からないのだけど、言われてみればその通りである。女性と一言に言ってもその人生、人柄は一人一様。この場では語り尽くせないほどの魅力があるのである。


 僕はどこから語ったものかと言葉に迷ったが、しかし、僕は確固たる信念を持って答えられる事が1つだけある。


 それは、見ていて飽きない人だ。溢れ出る知性。千変万化する表情。時に笑い、時に悲しみ、時に怒る。2人で過ごす何気ない時間のすべてを万華鏡のように彩ってくれる人こそが僕の理想とする女性である。顔つきや体つきは問題外。優しいだけでも厳しいだけでもダメだ。様々な一面を惜しみなく見せてくれて、そこに女性の深みを醸し出す人こそ素晴らしい人であると僕は考える。


 それを素直に答えようとしたところで、僕ははたと気が付いた。氷月さんの何気ない情報でさえ来栖は噛みついたのだ。僕のこういう情報も人に知られる事を嫌がるのではないかと思う。


 僕が来栖をちらりと見ると、しかし彼女は力のこもった瞳で僕を見て「答えて。答えなさい」と睨んでくる。


「えっ、いや止めろよ! こうやって相手の話しやすい話題を振って取り入るのが小日向のやり方なんだろ!?」


「別に、けんジィの好みなんて知ってるけどさ。ちゃんと聞きたいよ。つべこべ言わずに答えなさい!」


「言ってることがめちゃくちゃだ!」


 しかし、今度は氷月さんと目が合った。口元をキッと結んでいつになく真剣な表情で「教えて」と言う。


 氷月さんは分かるとしてもなぜ来栖が詰め寄ってくるのか。


 右手を氷月さんに捕まれ、左手を来栖に捕まれ、僕は進退きわまった。


 なんでこんな事になるんだ!


 と、小日向がケタケタと笑う。


「やえちんってさ、自分にプレミアがついてること理解してる?」


「プ、プレミアぁ?」


「そ、特に1年に人気が高いんだよ。寡黙でミステリアスなのに意外とポンコツ。顔が良いのはもちろんなんだけど、不思議と頼りがいがあるって評判なんだぜ?」


「だったらなんだ! 僕は絶対に答えないぞ!」


「「はぁ!? そんなの許さないんだから!」」


「2人してはもるな!」


 女子2人は自分の体で抑えつけるようにして、僕の腕を取る。柔らかい胸と柔らかいお腹がその弾力で刺激する。耐えられない。いくらなんでもこれを意識するなというのは無理がある。


「知るかぁ!」


 僕はたまらず逃げ出した。かっこ悪いとか意気地なしとか、何と言われたって構わない。


 ずっと一緒だった来栖も、子供みたいな氷月さんも、体つきは立派な女性に成長しているのだと理解してしまうと、同じように見られなくなる気がする。


 今までの関係が壊れてしまいそうで、安心する場所を失ってしまいそうで、大人になった2人を受け入れるためには、僕が、僕を捨てなければいけないと突きつけられているようで、怖くなったのだ。


     ☆☆☆


 帰りのバスが来たのは僕が逃げ出した直後だった。


「あー! バス! 私、八重山を呼んでくるね!」


 氷月さんが先に駆けだした。


「あ、2人とも! ……行っちゃった。荷物、まとめとかなきゃ」


 来栖はやれやれとため息をついて僕と氷月さんの荷物を手に取る。


「……ったくもう、けんジィったらいつもああなんだから」


「何が?」


「いつもクソ真面目なくせにこっちが真剣に話したらどっか行っちゃうの。あの甲斐性無しめ」


「ふぅん、やえちんの新しい情報ゲット~」


「ああ!」


 小日向ゆりねと来栖は意外と相性が良いように見える。喧嘩するほど仲が良いというが。2人はお互いの事を良く知っているからこそズケズケ言い合える仲のように僕は思う。


「やえちんのことは、ゆりも気になってるんだ。人って不思議なものでさ、本人と話すよりも他人と話してる方がよく情報が手に入るものなの。でも、やえちんの事だけはだ~れも知らない。不思議だよね? 一番仲がいいこのみんが教えてくれないせいもあるんだろうけどさ」


「ふんっ、教えるわけないよ。人の平和をかき乱すのが趣味の小悪魔なんかに教える事はない」


「ひどい事を言う。ゆりは小悪魔なんかじゃないよ。ただ、楽しい学校生活を送りたいだけ」


「……中学の時、あなたのせいで転校した子がいた。覚えてるよね?」


 来栖が冷たい表情をして小日向を睨む。すると小日向も顔に影を落とした。


「……さぁ、そうだったかな?」


「県外生も寮も全部うそ。あなたは小学校の時から一緒だった。けんジィはそんな事意識してないから知らないと思うけど、私は違う。ぜんぶ覚えてる。ねぇ、そこまでして凛に取り入ってどうしようっていうの? かえでの時みたいに高円寺さんを捨てるつもり?」


「かえで……あー、そんな子もいたっけね」


「ゆりね!」


 来栖がすごい表情で掴みかかる。しかし、小日向は口の端をニヤリと吊り上げた。


「クスクスクス……それにしても、あの2人、遅いね。もしかしてだけど、凜たんもやえちんの事が好きなんじゃないかな?」


「―――――――え?」


「クスクスクス……ゆりはな~~んにも知らないけどね」


 クスクスクスクス。小日向の笑い声が不穏な空気を作る。


 僕が氷月さんに連れられて戻ってきたとき、来栖が下唇を噛んでいたのは、どうしてなのだろうか?

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