第26話
「ねえけんジィ。ゆりねと何を話してたの?」
放課後。ホームルームが終わるや否や来栖が話しかけてきた。その顔は険しい。どうしたというのだろう? 机の上に置いたカバンに手をついて「答えるまで帰さない」と言いたげな剣呑な瞳だが……
「ゆりねは危険なんだよ。あの3人の中で一番……いや、この学校中で一番危険な子なの!」
「はぁ?」
期末試験も1週間前になるとすべての部活が休みになる。勉強が学生の本分だと学校側から押し付けられるこの期間は部活に入っていない僕でさえげんなりする。
「なにって、パンツ見えてるぞって注意しただけだが?」
「パン―――!? ちょっと、まさか見てないよね!?」
「なんか見せパンって言ってたけどな」
「ペチパンツでもダメなものはダメ!」
来栖の顔は真っ赤だった。
「ペチ……? まあ、見えたらダメだとは僕も思ったから、見えてるぞって言っただけだよ。見ようと思って見たわけじゃない」
「…………ほんとう?」
「本当だ」
僕が肩をすくめると来栖もようやく信じてくれたらしい。「ならいいけど」と軽い息を吐いて、ジッと僕を見た。「で、何色だった?」
「は?」
「や、ちょっと今後の参考に……じゃなくて! ゆりねとはあまり関わらないで!」
「なぜ? 危険ってのはどういう意味だ?」
小日向ゆりねはよく分からない人物であるが、高円寺光希よりも危険だとは思えない。クラス内で発言力もありそれなりのカリスマとかなりの美貌を備えた彼女の方が影響力は強いように思うのだが、来栖の考えでは違うようだ。
彼女は周囲を気にするようにキョロキョロ見回したあとで、「帰りながら話そう」と僕を連れ出した。
氷月さんが戸惑ったように、あとからついてきた。
☆☆☆
一ノ瀬高校は小高い山の上にある。坂道はかなり急で、自転車で登ろうものなら1メートルも進めずに前輪が左右にぶれてしまうくらい傾斜がきつい。入学したての頃は地獄が顕現したものだと毎朝毎晩憂鬱になったものだ。
その坂の途中で、来栖は人差し指を立てて「いーい?」と振り返った。
「あいつはいろんな子にちょっかいをかけては情報をくすねとっていくの。情報網がとにかく広くて、ゆりねが知らない秘密は無いって言われてるくらいいろんな事を知っている。私のホクロの位置まで知られてるし……恐ろしいくらいよ」
「そういや、おへその右下辺りにホクロあったな。小さいヤツ」と相づちを打ちながら言った。
昔は一緒に風呂に入る事もあった。その頃の来栖は今よりもふくよかで、風呂に入るたびに「私って、太ってるのかなぁ」とお腹の肉をつまんでふにふにしていた。なんだか懐かしいなぁなどと思いながらそれを口にすると、来栖の鋭い右ストレートが僕の脇腹を貫いた。
「言うなぁ! 忘れろ馬鹿! 変態!」
「痛い! 叩くな!」
「忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ! けんジィが忘れるまで叩いてやる! 馬鹿! ばかぁ!」
「是非も無し。死ぬがいいわ。八重山」
「凛まで! いてて……悪かった! 僕が悪かったから!」
ドス、ドス、ドス、と、両目を固くつむった来栖が容赦なく殴ってくる。恥ずかしさが極まった女の子ほど凶暴な生物はいないのだと改めて認識させられる重い拳に僕は身の危険すら覚えた。
「小日向が危険だって話だろ! 何が危険なんだ! 言え!」
「うるさいうるさいうるさい! う~~~る~~~さ~~~~~~い! いつまで昔の事を覚えてんだ! さっさと忘れろ!」
「いたたたた、痛い痛い! 飛ぶって! 記憶が全部飛んじまうって!」
どれだけ謝っても来栖が許してくれる気配は無い。これを読んでいる読者諸賢はくれぐれもデリカシーに配慮した言葉選びを心がけていただきたい。僕はもうだめかもしれない。どうか、僕の屍を超えてくれ。
と、思いもよらない声が聞こえてきたのは、僕が死を覚悟したときだ。いままさに僕の意識が途切れんとしたとき、「よっ、ご両人。今日も仲の良い事で」という声によって来栖の殴打がぴたりとやんで僕は助かった。
氷月さんが「噂をすればなんとやら……か」と半ばあきらめたような声で呟く。
「なんで……なんであんたがここに?」
「なんでって事はないだろー? 別に誰と帰ろうが自由なはずだよ?」
そこに居たのは誰あろう小日向ゆりねであった。両手をお尻の辺りで組んでニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべている。
彼女を避けるためにこそこそと帰ったはずなのに、いつバレたのだろう。というかなんでここにいるのだろう?
「ね、ゆりも一緒に帰っていーい?」
「ダメ」来栖がすぐに答えた。
「なんでよ。別にいいじゃん? やましい事があるわけでもないし ……あるの?」
「ない!」
「じゃあいいじゃん。ゆりもね、やえちんと凛たんとは仲良くなりたいと思ってたんだよ。もちろん、このみんとも。ね、一緒にかえろーよ」
僕らは顔を見合わせた。
小日向ゆりねは人畜無害な顔をして、とてとてと歩き出す。とても学校一危険な存在には見えないが……
僕はふと、他の2人がいないことに気が付いた。いつも3人でいるイメージが強かったけど、彼女1人で行動することなんてあるのか?
「高円寺と小鳥遊はどうした。一緒に帰らないのか?」
「あー、あの2人はねぇ……」
―――もう飽きちゃったから。
人畜無害な顔でそう言った。
たしかに、危険な人物のようだ。
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