第10話 これからも
迎えた体育祭当日。
「『
校長のつまらない話。俺たち生徒にとってはつまらないものだが、なぜ存在するのだろう。
「次に生徒会長の言葉です」
まだ続くのか。疲れた。暑い。倒れそう。帰りたい。それに、競技までに時間があるせいで余計に緊張する。
「……以上で、私からの言葉とさせていただきます」
やっと終わった。ラジオ体操が終わったら、徒競走、綱引きと来て、その次に俺たちの二人三脚だ。
☆
「二階堂さん、やっと終わったぞ」
「マジダルい……」
彼女も顔に『嫌だ』と書いてあった。ラジオ体操は、正直体のどこに効果があるのか分からない。
二人三脚の出番はまだまだなので、まだ休む時間がある。今のうちに休んでおこう。
「二人三脚頑張ろうな」
「ああ」
俺たちが座っていると、2人の女子生徒がやってきたが、誰であるかはもう分かっている。
「あれー? 未奈美と一条は今日もラブラブだねー」
「二人三脚、頑張ってよねー」
三橋&四宮さんはやはりウザい。ギャルの模範解答である。こんなやつを見返すためにも、必ず1位を取らなければならない。
「一条、緊張してるのか?」
「緊張なんかしてねえよ」
つい強がってしまう。本当はかなり緊張しているんだが……。俺は弱い人間だと自覚させられる瞬間である。二階堂さんには見透かされていたようだが。
「そう緊張するなよ、な?」
二階堂さんは俺の手を握ってくる。彼女の手の温もりが伝わってきた。
「まあ、せいぜい頑張ってよねー」
クラスの女子生徒たちの舐め腐った言葉も、今は全く悔しくない。自分の彼女の前で無様な姿を晒すわけにはいかないのだ。
「そろそろ徒競走だぞ」
クラスメイトの1人が俺たちにそう伝えた。
☆
徒競走、綱引きが終わり、いよいよ俺たちの出番。入場口に並ぶ。
「一条、勝てるよな?」
二階堂さんが心配そうな顔で聞いてくる。
「二階堂さんとならね」
今までなら絶対言わないようなことを言ってみせる。
「頑張って勝つぞ」
俺は彼女にエールを送る。彼女はコクリと頷き、列の先頭についた。足を紐でくくり、そこに並んで順番を待つ。
「位置について」
緊張がピークに達したときだった。ピストルの音が辺りに鳴り響く。その瞬間、俺たちは走り出した。絶対に勝つんだ……!
今までの練習の成果を見せつけるため。
バカにしてきたやつらを見返すため。
何より、二階堂さんのため。
俺と二階堂さんは走った。スタートダッシュは完璧。練習の成果が出ているようだった。
『速い、速いぞ! 2組がトップだ!』
放送席の実況は俺たちに注目している。このままいけば優勝できる……。
だが、練習を積んできたのは俺たちだけではないようだ。
『5組が追い上げている! あと少しだ!』
これは予想外だった。5組の奴らも練習を積んできたのか? このままではまずい……。でも、俺たちなら絶対に勝てる!
『接戦だ! 1位は2組か? 5組か? 目が離せない!』
風を切りながら駆け抜けていく。応援する声も聞こえない。俺たちの耳に聞こえるのは、激しい息遣いだけだった。
俺は二階堂さんの方を見た。彼女は俺より体力がある。最後までスピードは衰えない。
そして、ゴールテープを切った。
『1位は2組! 続いて5組がゴール!』
「やったな!」
「ああ!」
俺たち2組は見事に1位を獲得した。なかなか厳しい戦いだったが、なんとか勝てた。1位を旗を掲げ、それにめがけてみんなが集まる。
「一条! 未奈美!」
「お前らすげえよ!」
「勝ててよかったよ……」
三橋&四宮さんを除くクラスメイトは、俺たちの健闘を讃えてくれた。あの2人組はどこかに行ってしまったようだ。ざまあみろと内心思いながらも、二階堂さんのことを祝ってくれることが嬉しかった。
☆
俺たちの出番は終わり、クラスのみんなと話していた。
「一条って、結構イケてるじゃん! 夏休み練習したのか?」
「まあな」
俺はこういうとき、何と答えるのが正解なんだ? 褒められ慣れていないから分からない。
「未奈美もよくやったじゃん!」
「さすが未奈美〜!」
やっぱり二階堂さんは人気があるようだ。それにしても、つい最近まで罵声を浴びせていた女たちが、もう態度を変えて二階堂さんを取り囲んでいる。やはりギャルは理解できない。
「一条、お疲れ様」
「二階堂さんも」
俺はまた彼女の手を握る。これが青春の醍醐味なのだろうか? 握り合うこの手が物語っていた。二階堂さんと一体になれるような感覚が心地いい。こんな時間がずっと続けばいいのに……。そう思ったときだった。
「一条殿! 我ら5組を破るとはやるではないか!」
うわー、ウザいやつが来た。五十嵐が出たわけじゃないのになんで威張ってるんだよ。アホらしい。
「お、おう」
俺は引き気味にそう答えた。
「さすがは朕の臣下、一条殿!」
臣下になった覚えはない。
「ねえ、一条。このうるさいのは誰?」
「ああ、これは五十嵐始っていう生き物だ。5組に生息している」
「言い方に悪意を感じるぞ!」
ジタバタするな。砂が飛ぶ。
「へー、じゃあ戻ろっか」
二階堂さんも、こいつのヤバさをすぐに理解し、逃げようとした。
「そうだな」
「あっ、ちょっと待て! 朕を無視するなど……」
☆
二人三脚が終わった今、俺たちが出る競技は残っていない。あとは他の人たちの競技を見るだけだ。
「頑張れー!」
クラスの仲間を応援する二階堂さん。俺もつられて盛り上がる。
「頑張れー!」
こんなに楽しい日も久しぶりだ。全ては二階堂さんと出会った日からだ。二階堂さんのおかげで、俺の高校生活は充実したものになった。彼女がいなければ俺はクラスに溶け込めなかっただろうし、こんなにいい思い出も作れなかっただろう。
「一条? どうかしたか?」
「なんでもないよ」
今の言葉は口にしないことにした。そんなことを言ったら、彼女は恥ずかしがるに決まっているから……。
☆
体育祭は終わりを迎え、片付けが始まった。
「体育祭ってあっという間だな」
二階堂さんが寂しそうに言う。俺は、その言葉に頷いた。俺たちはテントを片付けながら、2人の世界に浸っていた。もう周りの目なんて気にしない。ここには俺たち2人だけだ……。
片付けも終わり、帰る準備をする。そんなときに騒がしいやつらが現れた。
「一条! 未奈美!」
三橋&四宮さんだ。こいつらも片付けをしに来たのだろうか?
「なに?」
「2人とも……ごめん! 未奈美と一条のこと、ずっと馬鹿にして!」
「うん」
二階堂さんは知っていたかのように言う。俺はポカンとしていた。この人たちの性格的に謝るのは意外だった。
「今日、一条と未奈美が活躍してるのを見て、この2人なら大丈夫って思ったんだよね……」
「本当は謝りに来るの気まずかったけど……」
「それでも謝りたくて」
「ごめんね……」
俺は別に怒っていなかった。二階堂さんが怒っていたなら話は別だが。
「私は別に気にしてないさ」
二階堂さんがそう言うと、彼女たちは安堵の表情を浮かべる。
「ありがとね……」
そう言って彼女たちは去っていった。
「どうなるかと思ったけど、解決してよかったな。未奈美」
「そうだな。って、未奈美!?」
いきなり名前で呼んでやった。俺だって恥ずかしいし、多分顔が赤くなってる。でも、彼女を名前で呼びたかったんだ。
「俺たちも帰ろうか」
俺は彼女に手を差し出す。彼女は一瞬驚いてから、その手を取った。そして、俺たちは家路に着いた。繋いだこの手を絶対に離さないと誓いながら……。
完
☆
ここまでご覧いただいてありがとうございました。番外編が公開中です。こちらもどうぞ。
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