第9話 夏の思い出
夏休み初日。今日から二人三脚の練習開始だ。
「よっす、一条」
二階堂さんの家の庭は、思ったより広かった。これなら練習には十分なスペースがある。2人で体操服を着て集まった。
「とにかく練習だ!」
やはり脳筋に変わりはないようだ。
「結ぶぞ。お前の右足からな」
二階堂さんは手際良く紐を結んでいく。彼女の手が俺の足に触れるたび、ドキドキしてしまう。
「変な目で見るなよ?」
「見てねえし……」
「鼻の下伸びてるぞ」
「これは……その……なんというか……」
自分でもよくわからない。二階堂さんを見てドキドキしてしまったのだろうか? 足を結ばれたことで体が密着し、二階堂さんの匂いが感じられる。
今までの俺は、香水の匂いなんてただの刺激臭、HClと同族だと考えていたが、好きな人の匂いは違う。もっと嗅いでいたい……なんて思ってしまうのだ。
「終わったぞ」
二階堂さんが紐を結び終えたようだ。ついに練習が始まる。
「せーので歩くぞ」
「ああ」
「そうだ、ちゃんと肩を組んで……」
二階堂さんは俺の肩をガッチリと掴む。
「ちょ……痛いって……」
二階堂さんの力は強く、俺は顔をしかめる。しかし、彼女は容赦なく力を込めてくる。
「一条も私の肩持てよ!」
「ああ……」
二階堂さんの肌はなめらかで、触っていると心地よくなってきた。ずっと触れていたいくらいだ……。
「えへっ、私たち体触ってるな」
二階堂さんは頬を赤らめながら言った。今の彼女からは普段のクールさは感じられない。それどころか、小動物のような可愛らしさすら感じさせた。
「仕方ないだろ……」
「歩いてみるぞ。1、2、1、2」
掛け声に合わせて俺たちは歩く。初めてだから足がもつれて転んでしまったが、練習あるのみだ。何度か繰り返すうちに、少しずつ息は合うようになっていった。
「これ楽しーな!」
二階堂さんはノリノリで楽しんでいた。
「できるようにはなってきたけど、まだまだ速くはないな」
俺にそう言いながら、また足を結んで練習を再開した。
☆
「今日はこの辺で終わりにするかー」
「ああ、腹減った」
「昼ごはん、うちで食べてくか?」
「いいのか?」
「もちろんだ」
二階堂さんは笑顔で答えてくれた。彼女の笑顔を向けられると、俺まで嬉しくなる。
「って、カップラーメンだけどな」
二階堂さんはキッチンに向かい、お湯を沸かし始めた。
「お湯が沸くまでの間に着替えてくる。一条は着替え持ってきてるか?」
「持ってきてる」
「そうか。なら先に着替えててくれ」
彼女の部屋は二階にあるそうだ。階段を登って進んでいき、部屋に入った。
「おー……」
いかにもなギャルの部屋だなー。バカでかい化粧台には、よく分からない化粧品や香水などが置いてある。
「いい匂いするな……。二階堂さんの匂い……」
気がつくと俺は部屋の匂いを嗅いでいた。二階堂さんの匂い……。
「はっ! いかんいかん」
こんなの見つかったら引かれるに決まってる。見つからないようにできるだけ早く着替えることにした。
ジャージを脱ぎ、Tシャツに腕を通したときだった。コンコンとドアを叩く音が聞こえてくる。やばいっ! 早く着ないと……!
「一条? 遅くね?」
「すまん! 今着るから!」
「慌てるなよ」
二階堂さんの言葉で安心した俺は、落ち着いてズボンを履く。
「終わったぞー」
「よし、じゃあもう帰っていいからな。また明日」
そう言って、いい匂いを放ちながら部屋へと入っていった。
「マジでいい匂いだった……」
☆
それから、夏休みの間は毎日欠かさず練習の日々だった。
「おー、だいぶ速く走れるようになったな」
「まあ、毎日練習してればな……」
最初は上手くいかなかった二人三脚も、何度もやるうちに息は合うようになっていき、走る速度も速くなった。
「これで体育祭は万全だな」
二階堂さんは嬉しそうに言った。俺はここまで頑張れたことが本当に嬉しかった。元々体力のないオタクだった俺が、スポーツにここまで本気になれるのも二階堂さんのおかげなのかもしれない。
「……今まで頑張った私へのご褒美に、抱きしめてくれ……」
「えっ?」
「私の頑張りを認めろ! ほら、早く」
俺は二階堂さんの体に手を回す。彼女はそれに応えるように、俺の背中に手を回してきた。胸が当たっている……。彼女の心臓がドクンドクンと鼓動を刻んでいるのが分かる。緊張しているのだろう。俺も少し緊張してるけど……。
「一条……」
「うん……」
そして、俺たちは顔を近づけていく……。お互いの吐息が当たるほどまで近づけた。
「好きだ……」
「俺も……」
体の温かみを感じ合いながら時間が過ぎていった。周りからはセミの鳴き声が聞こえている。
「ありがとな」
二階堂さんは顔を赤らめて言う。
「じゃあ、またな」
そう言って彼女は家の中に入っていった。二階堂さんって、かなり積極的だな……。
夏休みはあっという間に終わってしまった。体育祭に向けて猛練習した記憶しかないが、思い出深い夏休みになったことは間違いないだろう。二階堂さんと一緒に過ごした時間は俺にとってかけがえのないものになっていたのだ。
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