第5話 終わりは始まり
「楽しかったな……」
自室でそっと呟く。こんなに賑やかな休日は初めてだ。『青春ロック』の最新刊を眺めると、二階堂さんのことを思い出してしまう。
晩ご飯ができたようで、京子が部屋に来た。
「お兄ちゃん、今日はギャルの彼女と遊んでたの?」
「彼女じゃねえし」
「でも、一緒にご飯食べたりしたんでしょ?」
「……うん」
「お兄ちゃんが休日に外に出るなんて、珍しいよね。そんなに好きなの?」
「好きじゃ……」
なぜかはよく分からないが、二階堂さんを好きなことを認めるのは少し憚られた。本当に好きなのかどうか分からない。顔はいいが、あの騒がしい性格は苦手だ。だけど、一緒にいて楽しいかもしれない。
「俺は二階堂さんのこと……」
「好きなの?」
「それは分からないけど……悪くはないかなって」
俺がそう言うと、京子はクスクスと笑った。何か面白いことを言っただろうか?
「それもう好きだよ」
「そうかな?」
「うん」
これ以上この話題を続けたら、京子がさらに調子に乗りそうだ。しかし、ありがたいことに京子の方から切り上げてくれた。
「ご飯にしよっか」
「そうだな」
京子は部屋から出ていった。俺も続いて晩ご飯の香りに誘われていった。
☆
翌日の学校でのこと。三橋&四宮さんが、俺と二階堂さんのもとにやってきた。
「ちょっとー! 写真撮ってないよね?」
「証拠残ってないじゃん!」
昨日はあまりに楽しすぎて、写真を撮るのを忘れていた。
「凛、結衣。悪いけど、忘れてた。私バカだから仕方ないよね」
二階堂さん、ナイスごまかし! 俺は心の中で彼女に感謝した。
「まあいっかー」
「未奈美が言うなら仕方ないよねー」
三橋&四宮さんも単純で助かった。
「それとさー、一条。あと一週間でこの罰ゲーム終わりだからね」
四宮さんが言った。これが罰ゲーム告白から始まったことをすっかり忘れていた。しかし、あと一週間でこの関係も終わってしまうのか。そう思うと少し寂しい気もする。
「そうか……」
俺がそう返事をすると、二階堂さんは俺の顔を覗き込んで尋ねてきた。
「どうしたんだよ一条?」
「いや別に……」
「一条なんか変じゃない?」
勘が鋭いな……。本当はもっと一緒にいたい。だが、この別れは初めから決まっていたのだ。そう自分に言い聞かせて、二階堂さんに答える。
「変じゃないし」
すると、昼休み終了の鐘が鳴った。俺たち四人は自分たちの席に戻ることにした。
☆
一週間というのは、あっという間だ。教室で座っていると、二階堂さんが話しかけてきた。
「それじゃ、一条。今までありがとね」
二階堂さんとの罰ゲーム恋愛は今日で終わった。二階堂さんはその長い髪の毛を風になびかせながら、教室から出て行った。
「ああ」
俺は短く返事をした。二階堂さんとの会話はそれだけだった。それ以上話すことが見つからなかったから……。俺はいつの間にか、彼女に恋していたのだ。それを今、確信した。離れたくない。そんな思いが込み上げてくる。
☆
今日は久しぶりの階段下飯。五十嵐と会うのも久しぶりだ。
「一条殿、一ヶ月間何をしておった? 朕は心配しておったぞ」
「実はな……」
今まで一ヶ月間のことを全て話した。罰ゲーム告白のこと、二階堂さんと過ごした日々のこと。
「うぬぅぅぅぅー! 実に羨ましい!」
五十嵐は手足をジタバタさせながら悔しがっている。俺はその姿を、苦笑しながら眺めていた。
「正直言うとな……俺、また二階堂さんと会いたいんだ」
「それは無理であろう。陽キャどもの気まぐれの遊びであるからな」
「でも……いつか会える気がするんだ」
根拠はどこにもない。だが、本能がそう告げていた。五十嵐は俺の言葉を聞いて笑った。
「ならその思いを大事にするといいのである!」
「ありがとう五十嵐」
俺と五十嵐は笑顔で拳をぶつけた。こんなやつでも心の支えになる。大事な友達だ。
☆
今日も一日が終わった。帰宅後は二階堂さんと遊ぶわけでもなく、きっとゲームでもして過ごすのだ。そう思って下駄箱を開けると、手紙が出てきた。見覚えのある文字や包装が印象に残る。
『放課後、中庭に来て』
俺は深呼吸をして、中庭へ向かった。全速力で走った。そこには二階堂さんがいた。
「来てくれてありがとな」
そう言うと、二階堂さんはどこか恥ずかしそうにモジモジし始めた。そんな姿は新鮮で可愛いと思った。そして、意を決したように彼女は言う。
「私……お前のことが好きなんだ! 私と付き合って!」
「ええー!」
「これからは罰ゲームなんかじゃなく、本気の恋愛をしてくれ!」
二階堂さんは顔を真っ赤にしながら、早口でそう言った。俺は返事を待つ彼女をまっすぐ見つめて言う。
「分かった」
「マジで?」
「マジだ」
そう答えると、二階堂さんは俺に抱きついてきた。正直苦しいが、この瞬間を噛みしめるように抱きしめることにした。そして、彼女は呟くように言った。
「お前って意外と良いやつなんだな!」
こうして俺と二階堂さんの関係は本物の恋愛になったのだった……。
「一緒に帰ろう!」
最初はオタクキモいだの、歩くの遅いだの言ってたやつとは思えない。
「良いけど」
俺の返事を聞くと、二階堂さんは嬉しそうな表情をした。この笑顔が見られるのなら、なんだってしたい。そんな思いで胸がいっぱいになった。
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