一緒にお風呂……!?


「秘密……ですか?」


「そうそう。まあ、食べてみてよ」


 志帆はスプーンでカレーをすくう。

 そして、一口食べる。


「美味しい……。不思議な良い匂いがします」


「そうそう、それなんだよ。匂いの秘密は炊飯器で煮込んだ玉ねぎとバラ肉にあってさ」


「なにか変わった香辛料を使ったんですか?」


「八角と紹興酒」


「紹興酒って、あの中国のお酒の……?」


「よく知っているね」


「あれって料理にも使うんですね……!」


「紹興酒は中華料理では鉄板の材料だよ。風味が強いから、使うだけで独特の味わいになる」


「でも中華料理じゃなくてカレー……ですよね?」


「そこがポイントでさ。中華街の中華料理店だとカレーは定番メニューなんだよ。中華風カレーライスといえばいいのかな。店の看板メニューだったりする」


「そ、そうなんですか……? 意外です。カレーってインド料理ですから……」


「日本で食べられるカレーライスはインドのものとは別物だけどね。完全に日本料理だから、中華料理店でアレンジしたメニューがあっても不思議じゃないよ」


「たしかに……。中華風の味わいが独特で美味しいです。具も玉ねぎとバラ肉だけなのに、飽きない味……!」


「炊飯器で隠し味の紹興酒たちと一緒にしっかり煮込んでいるからね」


「なるほどです……!」


 言いながら志帆はパクパクと食べる。

 あっという間に志帆は平らげてしまった。


「おかわりもあるけど――」


「いります!」


 飛びつくように答えがあり、俺はふふっと笑う。

 そして、志帆と自分の分のカレーをよそいに行く。


「最初と同じぐらいでいい?」


「はい! あっ、でも……兄さんの分もありますか?」


「いくらでもあるから遠慮せず食べてよ。残ったら保存するつもりでたくさん作っているからね」


「やった!」


 志帆が嬉しそうに笑う。

 二杯目も三杯目もぺろりと志帆は完食する。

 

「美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」


「あたしこそ、ありがとうございます」


 それにしても、志帆は意外と大食いだなあ。

 俺がそう思っていると、俺の内心を見透かしたように志帆がくすりと笑う。


「あたし、いくら食べても太らない体質なんです」


「本当に?」


「あっ、疑っていますね。本当ですよ」


「疑ってはいないけど、仮にそうでなくても、まあアイドルのときほど厳密に体重管理する必要もないだろうし」


「それはそうですね、でも、あたし、太ったりしませんよ」


 志帆がジト目で俺を睨む。失礼なことを言ったかもしれない。

 女性は体重を気にするだろうし……。


 けれど、志帆が太らないと言った理由は少し違った。


「兄さんには、一番綺麗なあたしを見せたいですし」


「え?」


「なんでもありません」


 志帆はふふっと笑い、顔をちょっと赤くした。





 食後、俺と志帆は他愛もない会話をして。

 俺の言葉に志帆はくすくすと笑ってくれて。そんななにげない時間も愛おしかった。


 このまま志帆と一緒に暮らせたら。

 シャワーを浴びながら、俺はそう想像してしまう。


 かつて俺は葉月のことが好きだった。でも、彼女への関心は薄れて、今では志帆がどんどん大事な存在になっている。


 けれど、志帆と一緒に居続けるためには、いくつかの問題を解決しないといけない。羽城と小牧の家の問題、そして、志帆がアイドルを続けるかどうか。


 みんなにとって一番良い方法はなにか? そして、もちろん志帆にとって一番良い方法はなにか?


 そのとき、脱衣場の扉が開く音がした。

 この家には俺と志帆しかいない。


 脱衣場には洗面台もあるから、手でも洗いにきたのだろうか?

 俺は深く考えていなかった。


 けれど、次の瞬間、俺はぎょっとする。

 風呂場の扉が開いたからだ。


「兄さん……?」


 振り返ると、そこには志帆がいた。

 バスタオル一枚のみを羽織った姿だ。


「し、志帆!? 何しているのさ?」


 志帆は顔を真っ赤にして、目を伏せる。


「……お礼をしに来たんです」


「お、お礼?」


「あたしは兄さんからたくさんのものをもらいました。料理も作ってもらって、デートもしてくれて、女の子として優しくしてくれて……」


「そんなの当然のことだよ」


「でも、あたしは兄さんに何もしてあげられていません。だから……せめて背中でもお流ししようかと……」


「どうしてそうなるのさ!?」


「男の子ってそういうのが好きなんでしょう?」


「妹に背中を流されて喜ぶ奴はいないよ」


「妹、でも、あたしが――アイドルの羽城志帆が相手ですよ?」


 志帆はからかうように言う。

 赤い綺麗な髪が胸元にかかっている。短い丈のタオルは胸元をはだけさせていて、胸の谷間が見えてしまう。


 俺はどくんと心臓が跳ねるのを感じた。

 俺と志帆は正面から向き合った。そして、志帆は俺の身体を見て、「あっ」と顔をますます赤くする。


「兄さんの……えっち」


「ご、誤解だ」


「でも、兄さんがあたしに関心を持ってくれるのは嬉しいです。女の子として見てくれているってことですよね?」


「この状況なら、そうならざるを得ないよ」


「なら、もっとあたしを……女の子だと意識してもらいます」


 志帆は俺の方へと一歩を踏み出した。

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