結婚?


 俺も志帆も凍りついた。

 美人の女性は首をかしげる。さっきは芸能人風と思ったけど、よく見るとキャリアウーマンっぽい気がする。


 彼女はきょろきょろと周りを見て、そしてにっこりと笑う。

 他には誰も気づいていないようだ。志帆がぎゅっと俺の袖をつまむ。


「とりあえず店を出ましょうか」


 食べ終わったらさっさと退店、というのはラーメン店のマナーだ。

 彼女に言われるがまま、俺たちは店の前まで出た。

 

 その女性は「さて」と俺達に名刺を差し出した。名前は方見晴子かたみはるこ

 雑誌『週刊東都』の記者らしい。東都といえば、悪名高いゴシップ雑誌だ。


 志帆も俺も緊張感が走る。

 方見という女性はへらりと笑った。


「覚えてる? 一度羽城さんには挨拶したことがあるんだけど」


「す、すみません」


 志帆のほうは記憶にないらしい。


「いいの。大人気アイドルだものね。芸能関係の記者なんて多すぎて覚えられないでしょ。それにしてもあの羽城志帆が……」

 

 男と二人きり。そんなことを雑誌に書かれた日には困ったことになる。

 ところが、


「二郎系ラーメンの店にいるなんて……驚き!」


 と方見さんは言い、俺も志帆もずっこけそうになった。

 そっちか!


「それに、その男の子は誰?」


 やっぱり矛先は俺に向かう。

 アイドルが男と一緒にデートをしていたなんて、不祥事になってしまう。


 いや、志帆はアイドルを活動休止中だし、俺はただの兄なんだけど。

 志帆が突然、俺の腕をぎゅっと抱きしめた。柔らかい感触に俺は急激に体温が上がる。


「し、志帆!?」


「もし、あたしの大事な人って言ったら、方見さんはどうしますか?」


「かっこうの記事のネタね」


 俺は慌てて割って入る


「志帆は俺の妹です」


「妹? 羽城志帆に兄なんていなかったはずだけど」


 俺は経緯を説明した。方見さんはふむふむと説明を聞いていたが、「なるほどね」とつぶやく。


「でも、血の繋がらない男の子と家で二人きりなわけでしょ? ニュースになるよねー」


 ダメだ。この人、俺たちのことを記事にするつもりらしい。

 俺のことはいいけど、帝急にどう影響が出るだろう?

 

 それより大事なのは志帆の評判だ。アイドルを辞めた直後に、こんな形でニュースになるなんて……。


 普通の女の子になりたいという志帆の願いに反するし、もしアイドルに志帆がまた戻りたいと思ったとき、致命的だ。


 けれど、志帆は俺の服の袖を引っ張り、上目遣いに見る。


「兄さんは……どんなことがあっても、あたしを守ってくれますか?」


「もちろん」


「本当に?」


「本当だよ。急にどうしたの?」


「……これから兄さんに謝らないといけないようなことをするからです」


 そして、志帆は深呼吸した。真紅の瞳を輝かせ、方見さんをにらみつける。


「兄さんはあたしの家族になるんです。二つの意味で」


「二つの意味?」


 一つは兄と妹、ということだろう。

 けれど、もう一つは?


「あたしと兄さんは……結婚するんです」


 志帆は真っ赤な顔でそう言った。










<あとがき>

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