二郎系ラーメン!
「ら、ラーメン?」
「はい。だって……アイドルをやっていたときはあまり食べられなかったんです!」
ああ、なるほど。
アイドルだと体型を維持するのに気を使うし、そもそも一人でラーメン屋に行きづらいし。
「ラーメンだとさすがに家では作れないし、その意味でも良いね。まあ作れないこともないんだけど」
「えっ、そうなんですか?!」
「もちろん。ただ手間がかかりすぎるんだよ」
たとえば豚骨ラーメンなら、あの美味しいスープを作るために長時間豚骨を炊き出さないといけない。
他にもいろいろ手間がかかるし、それを一食分では割に合わないのだ。
その点、ラーメン屋なら一日数百食分を作るわけで、美味しいラーメンを安く提供できるのはそこに理由がある。
志帆はこくんとうなずいた。
「そういうことですね。人気店は大行列ですものね!」
「まだ早い時間だし、渋谷の人気店でもすぐに入れると思うけど」
俺はいくつか候補を挙げた。醤油ラーメンの美味しい本格派の『蓮麺』、横浜家系ラーメン『渋谷家』、そして二郎系インスパイアラーメンの『益坂郎』……。
実は俺もラーメン大好きなので、好きな店はけっこうある。
意外にも志帆が選んだのは二郎系の店だった。挙げてみたものの、女子高生にはどうなんだろう……?
俺と志帆は二人で二郎系の店まで来た。もちろん、志帆はサングラスをして帽子を被っている。
幸い、11時過ぎなので、店にはすぐ座ることができた。茹で時間のあいだ、俺はちらちらと周りを見た。
変装しているとはいえ、女子高生が二郎系の店に来ていると目立つな……。最近は女性客も増えているとはいえ、珍しい存在であることに変わりはない。
一応、今も俺の隣に若い女性客が一人いる。芸能人風のおしゃれな感じでちょっと浮いている。まあ、ここは渋谷だからか。
俺は志帆に尋ねた。
「でも、めちゃくちゃガッツリしているけど、いいの?」
「そういうのが食べたいんです!」
志帆は強く主張した。
「二郎系って前から食べてみたかったんです! 見た目もインパクトがあって、美味しそうですし……。でも、アイドル時代には一度も食べられなかったですから」
「まあ、うん。アイドルが食べるようなものじゃないよ」
会話しているうちに、店主から「にんにくは入れますか?」と聞かれた。
にんにく以外にも脂や野菜を増やすこともできる、二郎系で有名な「コール」だ。
「最初は普通にしておくといいよ。普通の状態が一番美味しくなるようにバランスが取れているから」
「はい。……普通でお願いします」
志帆が言うと、店主がにやりと笑った。俺は「アブラマシ、カラメで」と頼む。
志帆が俺を見つめているので、俺は肩をすくめた。
「俺は何度か来ているから、よりジャンクに食べたいなと思って」
「アブラって……なんですか?」
「見ればわかるよ」
すぐに俺の前に二郎系ラーメンが置かれる。いわゆる着丼だ。
そこにはてんこ盛りの真っ白な背脂が乗っている。ドロッとした乳化スープ。
二郎インスパイアのなかでも味がこってりしていることで有名な店なのだ。
志帆が「うわあ」とつぶやく。
「凶悪な見た目ですね……」
「これがいいんだよ」
「兄さんって健康なものばかり食べていると思っていました。自炊もできるわけですし」
「まさか。俺も普通の男子高校生だからジャンクな物が食べたくなるよ」
そう言って俺は食べ始める。待っている客がいれば、会話なんてせずにすぐ食べるべきなのだけれど、幸い、今は空席もある。
志帆のところにもラーメンが到着した。志帆でも食べられそうな、少なめの食券で買ってある。志帆は胸の前で小さく十字架を切った。人前だし、食前の祈りは簡略化したんだろう。
志帆が一口食べて、びびっと衝撃が走ったような顔をする。
「な、なんともいえない濃厚な味……。ごわごわの太麺もインパクトがありますね!」
「塊の肉もガッツリ感を出しているよね」
俺と志帆はそのまま黙り、黙々と麺を食べた。
うん、美味しい……。この身体の悪さがクセになる。
幸い、高校生だからそんなに気にしなくていいし。
20代後半の智花さんは「もう好きにラーメンも食べられない」と嘆いていた。太ってしまうのだそうな。
大げさだなと思うけど、こってりとしたものを食べるなら若いうちだと赤松さんも熱く語っていた。
そういう意味では、たしかにこんなジャンクなものを量を気にせず食べられるのは、俺たち高校生の特権かもしれない。
志帆はあっという間に平らげてしまった。
ちょっと物足りなさそう。やっぱり意外と大食いだ……。
「これなら普通サイズでも良かったかもです」
「じゃあ、次はそうしようか」
「はい、次もあるんですよね」
志帆がくすくすっと笑った。そう。妹ととして志帆がいる。
それがこれからの俺の日常になる。ラーメンを食べに来ることだって、いつでもできる。
そのはずだった。
ところが……。
「あれ、君? もしかして羽城志帆……?」
俺の隣の女性が、そんなことをつぶやいたのはそのときだった。
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