ドレス姿の志帆は
ともかく、俺たちは百貨店のフォーマルな服の売り場で志帆のドレスを選ぶことになった。
並んでいるドレスを見て、志帆はわあっと顔を輝かせる。
「すごくたくさんの種類のドレスがありますね!」
「我が社はフォーマルなドレスにも力を入れていますから。必ずしも需要の多い分野ではありませんが、百貨店の格式を感じさせる分野だとは思います」
赤池さんが言う。
俺はうなずいた。
「イメージ戦略……ブランディングとして大事ということですよね」
「はい。さすがお坊っちゃま。おっしゃるとおりです。」
別にさほど褒められるようなことでもない。経営としては常識だ。
志帆が首をかしげる。
「どういうことですか?」
俺は肩をすくめる。
百貨店は衰退産業だ。他の小売業に押され、次々と有名百貨店が閉店している。
そうしたなかで百貨店は総合スーパーのような競合と違う強みを出していかないといけない。
では百貨店の強みとはなにか?
それは非日常を過ごせること。百貨店には一種のテーマーパーク的な側面がある。
そのためには、高級で他には見ないような品揃えがあることが大事だ。
というようなことを俺は志帆に説明した。
志帆は「へえっ」と目を丸くする。
「兄さん……すごいですね。大人な世界……」
「いや、別にそんな大したことじゃないよ……」
「でも、帝急のために勉強したんですよね? 普通の高校生なら考えないようなことだと思います」
そう。俺は普通の高校生ではない。
小牧家の人間だから。
智花さんがくすくすと笑う。
「公一くんって真面目よね」
「へ?」
「なんだかんだ言って、経営のことも勉強しているし。ちゃんと小牧家の後継者の自覚があるじゃない」
「それが当然だと教えられてきましたからね」
帝王教育、というものがあるなら、俺はそれを受けている。
父からは何も教えられていないが、帝急の人間や小牧家の使用人たちから教え込まれた。
ちなみに小牧家には郊外に本邸もあるが、都心に通うのに不便だから今は使っていない。
ただ、幼い頃は俺もそこに住んでいたし、今も使用人たちが管理している。
「やっぱり兄さんは……別世界の生まれですね」
「そういう志帆だって……」
羽城の家の生まれじゃないか、と俺は言いかけた。でも、思いとどまる。
志帆から話してくれるまで、待つべきだ。
いつのまにかドレスを物色していた智花さんが、「これとか可愛いんじゃない?」と言って、志帆に勧める。
けっこう派手で露出度の高いドレスだ……。
志帆は顔を赤くする。
「も、もう少し穏やかな方がいいかもです……」
「それなら、こっちとか?」
黒い上品なドレスを智花さんが選ぶ。
志帆が「うーん」と悩んだ様子だった。
そして、俺を振り返る。
「兄さんはどういうのが似合うと思います?」
「俺? 俺の意見なんて……」
「あたしにとっては兄さんの意見が一番大事ですよ」
志帆は当然のように言う。
そ、そうなのだろうか……?
「実際、エスコートするのは公一くんだものね」
智花さんが横から言う。
パーティは男女ペアで参加するわけだが、今回は義理の兄妹である俺と志帆がペアを組む。
その意味ではたしかに俺にも口を出す権利があるのかもしれない。
「志帆なら何を着ても似合うと思うけど……」
「ありがとうございます。それなら、兄さんの好みを聞かせてください」
俺は考えた。志帆に似合う服、か。
大人気アイドルで、俺の義妹の志帆。15歳の少女らしい服装が良いとは思う。
礼装なのでいわゆる丈の長いイブニングドレスになる。
その条件で考えると……。
俺はしばらくドレスを眺めて、真紅のドレスを一着選んだ。
「これとかどうかな? 志帆の可愛さが引き立つんじゃないかと……」
俺は言ってみる。
志帆の赤髪赤目の神秘的な容姿に、よく似合うドレスだ。
背中が大胆に開いていて露出しているけれど、それ以外はそれほど露出度も高くないし。
智花さんはふふっと笑う。
「悪くないんじゃない? 少女らしい清楚さと可愛さも出るし。さすが公一くん。女の子の服選びも完璧ね」
「からかわないでください」
肝心なのは志帆の意見だ。その志帆はドレスをしげしげと長め、そしてこくんとうなずいた。
「あたしも気に入りました。これを試着してみます……!」
良かった。
智花さんが微笑む。
「ふふっ、ではこちらにどうぞ。志帆お嬢様」
さすがに試着室は男子禁制なので、智花さんが着替えを手伝ってくれるらしい。
俺は着替えている志帆を想像して、少しどきりとしてしまう。
しばらくして志帆は現れた。
真紅のドレスをまとって。
俺は思わず息を飲み、志帆を見つめてしまった。
アイドル・羽城志帆がそこにはいた。
ドレスを着ると、アイドルらしい圧倒的な存在感がある。
華やかで可憐で……誰の目も奪うだろう。
智花さんはにやにやと笑う。
「こんな可愛い子をエスコートするなんて、公一くんが羨ましい」
たしかに志帆は信じられないぐらい可愛かった。
この子と一緒に俺はパーティに出る。
そして、この子は俺の妹なのだ。
「兄さん、どうですか?」
志帆がくすっと笑って、身を翻してみる。
ドレスの裾がふわりと揺れる。
俺は言葉も出なかった。
やっと、口を開く。
「とても……可愛いよ」
それだけしか俺は言えなかった。そんな言葉、アイドルの志帆は言われ慣れていると思う。
けれど、志帆は花が咲くような笑みを浮かべた。
「兄さんに可愛いって言ってもらえて、嬉しいです」
<あとがき>
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