志帆お嬢様!?
そして、俺たちは渋谷の街中の百貨店に到着した。
目立たないように裏口から入るが、そこにはずらりと出迎えが参上していた。
なんといっても、ここは小牧家が経営する帝急百貨店の本店だ。志帆が目を丸くしている。
「よくぞお越しくださいました、お坊っちゃま」
そう言って老齢のダンディな男性が頭を下げる。
びしっとスーツを着こなした彼は、この百貨店の外商部責任者だ。赤池さんという名前だ。
俺が幼い頃からの知り合いだが、居心地が悪い。
いや、良い人なのだが……。
「お坊ちゃまはやめてください。俺はただの子供です」
「では、公一さまとお呼びしましょう」
「できれば敬語も使わないでいただきたいのですが……」
「何をおっしゃいます! 公一さまは我らが主の小牧家の後継者となる方なんですぞ!」
若干おどけた調子で、赤池さんは言う。
智花さんと同じで、俺をからかっていないか……?
ただまあ、智花さんにせよ赤池さんにせよ、小牧家に忠実な良心的な従業員らしい。
そういう部下を持てるのは単に小牧家が名門だからではない。
父の勇一が経営者としてはまともな手腕を持っているからだ。
悔しいけれど、それは認めないといけない。
「す、すごいですね……! 改めて兄さんの家が大金持ちだと実感しました……!」
「志帆はこういう経験ないの?」
「ありません! わたしは普通の女の子ですから」
大人気アイドルは普通の女の子ではないけれど……。
だからこそ、志帆は普通の女の子になりたいと言っていたわけで。
それに、名門・羽城家なら百貨店ではこれぐらいの歓迎はされそうだが。ただ、志帆は嫡流ではなさそうだし。
そのあたりの事情はよくわからない。
そんな志帆に、赤池さんが目を向ける。
「これはこれは、志帆お嬢様ですね」
「お、お嬢様!?」
「小牧の一門に迎えられたなら、お嬢様も我が主です」
赤池さんは朗らかに言う。その視線は優しかった。智花さんもにこにことしている。
志帆はたどたどしく「ありがとうございます……」と応え、微笑んだ。アイドルとして扱われるのとは感覚が違うのだろう。ちょっと嬉しそうだ。
この空間は小牧家の力によって守られている。
誰も彼もが俺たちの味方だ。
だが。
その小牧家の力をいずれ俺は背負わないといけない。
父に代わって。それが俺に出来るだろうか?
志帆が俺をちらっと見る。
「兄さんは……期待されているんですね」
「え?」
「小牧家の主として信頼されているんだと思います。そうでなければ、いくら主従関係があっても、ここまで温かくは迎えてくれないでしょうから」
「そうかなあ」
俺はつぶやくが、赤池さんは力強くうなずいた。
「お嬢様のおっしゃるとおりですよ。勇一様の跡を継いで、帝急を守ることができるのは公一様だけです」
「お世辞はいいよ」
「お世辞ではありませんよ。他の一族の誰よりもあなたには資質があります」
智花さんも「そうそう」と明るく同意してくれる。
本当にそうだろうか?
志帆は胸に手を当てて、俺に柔らかい笑みを向ける。
「あたしも兄さんなら、きっと出来ると思います」
「ありがとう」
俺にとって小牧家の後継者なんて重荷だ。
でも、順番が回ってきたら、俺は小牧家のために全力を尽くすだろう。
智花さんや赤池さんのために、みんなのために、そして志帆を守るために、それが必要なら。
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