ご当地料理!
「十和田バラ焼きっていう青森のご当地料理なんだよ」
牛バラ肉と玉ねぎを大量に鉄板で焼く。それが十和田バラ焼きだ。
味付けは甘辛い醤油のタレ。
とてもご飯が進む一品だ……!
志帆が俺の説明を聞いて、よだれをたらしそうな表情になる。
「美味しそう……。でも、まだ焼けていない状態ですね」
積み上げられたバラ肉は火が通っていない赤い状態だ。
俺は鉄板の電源を入れると、ニヤリと笑う。
「焼くのを志帆にやッてもらおうと思ってね」
「え?」
「このタワーを崩して、トングでひっくり返しながら五分ぐらい加熱していけば、肉の色が変わるから。たまねぎもあめ色になればできあがり」
「そ、そんなに簡単に焼けるんですか?」
「そのためにこの焼肉用のプレートを持ち出したんだよ」
この焼肉用の鉄板があれば、加熱は簡単にできる。
誰でも簡単に調理可能だ。
実際、十和田バラ焼きを店で食べるときも、客自身が鉄板で焼いて食べるとか。
志帆はわくわくとした表情で、トングを握ろうとした。けれど、「あっ」という表情になる。
「楽しみすぎて大事なことを忘れるところでした……」
「ああ、そういえば……」
志帆は胸の前で十字を切る。
「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン」
三度目なので見慣れたといえば見慣れたのだけれど、それでも志帆が祈りを唱える姿は美しい。
アイドルとしての可憐さとは別方向の気品がある。
そして、志帆はふふっと笑う。
「お待たせしました。それではいただきましょう……!」
「ああ、いただきます」
俺たちはそれぞれの肉のタワーを崩す。もくもくと鉄板から煙が上がり、肉の香ばしい匂いが部屋に充満した。
もちろん近くのキッチンでばっちり換気扇も入れてある。
崩したタワーの肉を志帆はひっくり返して、眺めている。
いい感じに色が変わってくると、「わあっ」と志帆が声を上げる。
「そ、そろそろ食べてもいい感じですか……?」
「ちょうど良い頃合いだと思うよ」
「やった……!」
志帆は箸で鉄板から肉を取る。
そして、口にポイっと入れる。
「ん~! 甘辛いタレとお肉が相性バッチリ!」
そして、白いご飯もぱくぱくと食べる。
「ほんとにご飯が進んじゃいます……! たまねぎもやわらかくて優しい甘さで美味しいですし……!」
「喜んでもらえてよかったよ。でも、実はもうひと工夫あって」
「もうひと工夫?」
俺はお皿に生卵を入れたものを志帆に差し出す。
「たまご……?」
「これと肉を絡めるとすごく美味しいんだよ」
「あっ、すき焼き風ですね……!」
志帆は肉を箸でたまごに放り込み、絡めていく。
そして、それを小さな赤い唇に運ぶ。
「ほんとだ……! いわゆる味変、ですね!」
「そんな言葉、よく知っているね」
B級グルメでしか使わない言葉だと思ったけど。意味は文字通り味を変えること。
途中で飽きてきたときに、追加の調味料とかを投入するわけだ。
志帆はふふっと自慢げに胸を張る。
「あたしも食べることにはそこそこ詳しいんです。いえ、作るのはできないので食べるの専門ですが!」
「な、なるほど……!」
「でも、食べる方でも兄さんほどの知識はありませんね」
「いや、別に俺もそんなに詳しくはないよ。素人だし」
「そんなことないと思いますけど。でも……ほんとに美味しい!」
志帆はあっというまに自分の分のタワーをたいらげてしまった。白米も綺麗になくなっている。
「大満足です!」
「喜んでもらえて何より」
「片付けはあたしがやりますね」
「えっ、いいよ。俺がやるから」
「兄さんにばっかり家事をやってもらうのは悪いです。あたしも……兄さんの家族になるんですから」
そう言って、志帆はちょっと恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
たしかに今後のことも考えると、家事は分担していく必要があるだろう。
俺は一人暮らしだったから、負担がいくらか減るのはありがたい。
といっても、料理を喜んで食べてくれる志帆がいるだけで俺は満足なのだけれど。
ふんふん、と鼻歌を歌いながら志帆が洗い物をしようと台所へと行く。
そのとき俺の携帯電話が鳴った。
表示されたのは「小牧勇一」。
それは帝都急行電鉄代表取締役社長の名前。
つまり、俺の父だった。
苦手な相手だが、仕方なく俺は出る。それに聞きたいこともあった。
父さんは俺と志帆の同居をどう考えているのだろう?
<あとがき>
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