父からの電話

 俺が電話を出ると、無機質な声がする。


「公一か? 私だ」


「これはずいぶんと久しぶりだね」


「忙しかったからな」


「女遊びに忙しかったわけ?」


「まさか大人は仕事が忙しいんだ。だが、仮に女だとしても、おまえには関係ないことだ」


「それはそうだ。ご結婚おめでとうございます」


 俺が皮肉っぽく言うと、父は「伝え忘れていたな」とつぶやく。

 息子の俺に再婚のことを相談もなし、か。


「別にめでたいことではない。それより、志帆という子は元気か?」


「父さんよりはうちの家に馴染んでいるね」


「それはけっこう。だが、まだ手を出すなよ。その子には利用価値がある」


「利用価値? 国民的アイドルの力で帝急の宣伝でもする?」


「まあ、その意味でも有用だな」


 まるで道具のように志帆が言われるのに、俺はかなり腹が立った。父さんにとっては俺も志帆もただの駒なのかもしれない、


 でも、俺にとっては志帆はもう大事な家族だった。

 父さんは声を低める。


「だが、本当の価値はそこにはない」


「え?」


「羽城の娘だからな」


「どういう意味さ?」


「調べてみろ。ああ、本題を忘れていた。今度のパーティには出るように」


 名門・小牧家はホテルの会場を使って、定期的にパーティを開催している。

 ちなみにホテルも帝都急行電鉄の持ち物だ。


 一族の実業家、政治家、学者……といった有力者が集まり、帝急の幹部やゆかりの人々が招かれる。


 次期当主候補の俺も出席義務がある。なるべく出たくはないのだけれど……。


「志帆という女の子も連れてくるように。おまえがエスコートしろ」


「は!?」


「その子も小牧家の一員になるんだからな」


 それだけ言うと、父は電話を切った。

 相変わらず勝手な人だ。


 しかし、羽城の娘、か。羽城家……。どこかで聞いた気がする。

 俺はネットで検索してみる。しばらくして、気になる記述が見つかった


 経研コンツェルン、という戦前の新興財閥。その創業者は羽城康富という人物だという。彼は銀行、商社、不動産、重工業、自動車、航空機……とあらゆる分野に手を伸ばし、巨万の富を手に入れた。


 戦後に財閥が解体された後も、子孫の羽城家はふたたび傘下に企業を集め、いまでも多くの大企業の株を保有し、経営者を務めているという。


 道理で聞いたことがあるはずだ。もし志帆がこの家の生まれなら、俺よりもお嬢様ということになる。

 そして、志帆が昔、財界のパーティで俺と出会っていた可能性は高い。


 けれど……。

 同時におかしなことも多い。こういう古い家は血筋にうるさい。外国の女優を妻として受け入れるだろうか? それはうちの父も同じだけれど。


 レティ・ポートマンさんは、いまでこそ大人気女優だけれどもともとは貧しい家庭で苦労していたという。

 そんな人が名門・羽城家の正妻になれたとは思えない。レティさんと羽城家の関係は報道も一切されていない。


 おそらく志帆は羽城家正統の位置にはいない。


 父の思惑、レティさんの過去、そして志帆の立場。そのどれも俺はわかっていなかった。

 一つ一つ確かめていこう。


「あ、あの! 兄さん」


 唐突に呼びかけられ、俺はびっくりする。志帆が困ったように、台所からこちらを見ていた。


「ごめんなさい。お皿の洗い方が……わからないんです」


 志帆がしょんぼりとしている。そういえば、料理をしたことがないんだったら、洗い物もしたことがないだろう。


 大人気アイドルで、(たぶん)お嬢様なのだから当然だ。


 俺はくすっと笑って、志帆の方へ行く。


「あたし、全然ダメですね……」


「そんなことないよ。これから覚えていけばいいことだし」


「はいっ! ありがとうございます」


 志帆ははにかんだような笑みを浮かべた。

 そして、俺はパーティーのことを告げる。

 

 志帆は真紅の瞳をきらきらと輝かせた。


「兄さんとパーティ!」


「そんな楽しいものじゃないよ……?」


「でも、着飾ったかっこいい兄さんが見られるんでしょう?」


「まあ、ドレスコードがあるからタキシードを着るんだけどね」


「ふふっ。楽しみです。あたしのドレス姿も兄さんに見てほしいです」


 志帆はちょっと甘えるように、そんなことをささやいた。






<あとがき>

困難を通して、公一と志帆の仲が深まる!?


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