夢では「公一くん」

 ようやく目を覚ました時、壁時計の針は六時を回っていた。

 しまった。寝落ちした上に、かなり長く昼寝してしまった。


 そう思った次の瞬間、柔らかい感触に気づく。


「……っ!?」


 ソファに座っている志帆が俺に抱きついている。腕は俺の首に回されていた。志帆の目は閉じていて、熟睡しているようだった。

 無意識にこういう体勢になっていたのだろう。


 だけど、まずい。志帆の小さな体が俺の腕の中にある。

 しかも抱きしめられているから、振り払って立ち上がることもできない。


「……公一くん……」


 志帆が寝言で俺の名前を呼ぶ。普段なら、「兄さん」と呼ぶところなのに、どんな夢を見ているのか気になった。


「約束、覚えていますよね……」


 約束? 何のことだろう?

 もちろん夢のなかのことだから、実際にした約束だとは限らないけれど。


 でも、俺と志帆が昔会っていて、何か約束をしていたのだとしたら。

 俺はそれを思い出す必要がある。けれど、まったく心当たりがない。


 考えても仕方ない。

 俺は志帆が起きるのを待つことにした。正直、平静心を保つのが大変なのだけれど。


 穏やかそうに、幸せそうに眠っている志帆を無理やり起こしたくないし……もう少し見ていたかった。


 しばらくして志帆がぴくっと震え、目を開ける。

 そして、寝ぼけ眼をこすりながら、俺の方をぼんやりと見る。


 自分の体勢に気づいて、志帆はみるみる顔を赤くする。


「に、兄さん!? これ……!?」


「寝ている間にこうなっちゃったみたいだね」


「ご、ごめんなさい……」


 志帆は慌てて立ち上がる。そして、複雑そうな顔をした。


「兄さんと一緒にお昼寝……したんですね」


「まあ、そうだね」


「それはそれで素敵ですけど、せっかくの兄さんとの時間なのに、寝ちゃうなんてもったいないことをしました」


 残念そうに志帆は言う。

 俺はくすっと笑った。


「べつに俺との時間なんていくらでも作れるよ。これから毎日この家で過ごすわけだし」


「た、たしかにそうですね……!」


 志帆が嬉しそうに言う。

 家族になるのだから、一緒にいるのが当たり前になる。


 そう。今日の夜も。

 一緒にご飯を食べるわけで。


「また今度、ゲームはしよう」


「はいっ!」


「というわけで、そろそろ晩ごはんかな」


 志帆がこくこくとうなずいた。


 俺は食卓に移動すると、加熱ができる鉄板プレートを取り出した。

 ついてきた志帆は小首をかしげる。


「これは……?」


「焼肉用のプレートなんだけどね。これで今日は料理を作りながら食べます」


「作りながら!?」


「志帆にも『料理』をしてもらおうと思ってね」


「あたしも料理!?」


 志帆が目をきらきらと輝かせている。

 料理、といってもごく単純な作業だけれど。志帆は俺の料理を手伝いたそうにしていたし、さっき冷やし飴の生姜をすりおろしたときも楽しそうにしていた。


 だから、その志帆のためにちょっとした手順を用意したのだ。

 冷蔵庫から俺は肉と玉ねぎを取り出してきた。肉の方はボウルで漬けダレにつけたものだ。


「醤油にはちみつと酒、を加えて、すりおろした生姜とりんご、にんにくを入れたタレに牛のバラ肉をつけて準備しておいたんだよ」


「美味しそう……!」


「これを……」


 たまねぎを鉄板の上に盛ると、俺はその上にバラ肉を積み上げていく。

 その塊を俺の分と志帆の分で二つ作った。


 肉のタワーといっても過言ではない。

 志帆はびっくりした様子で肉タワーを見つめる。


「こ、これは……!?」





<あとがき>

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