二人でゆっくりする


「でも、夜ご飯まではまだ時間がありますね」


「そうだね。転校初日で疲れただろうから、ゆっくりしていてよ」


「は、はい! ありがとうございます」


 けれど、志帆はその場に立ち尽くしてしまう。

 ……どうしたのだろう?


 志帆は俺を上目遣いに見つめた。

 そして、恥ずかしそうにする。


「ゆっくりする、ってどうすればいいんでしょう……?」


「ええと……」


 俺だったら、いくらでも時間を潰す方法はある。趣味の推理小説を読むとか、YouTubeを見るとか、ちょっと筋トレでもするとか。あとはスマホのゲームにアニメ……。


 けれど志帆は何も思いつかないらしい。


 俺は部屋の隅のテレビをちらっと見た。

 そこには家庭用ゲーム機が置いてある。たまに友人が来たときに大活躍するものだ


「ゲームでもする?」


「兄さんとゲーム!? やります、やります!」


 志帆が目をきらきらと輝かせる。

 とても食いつきが良い……!

 

 俺と志帆はテレビ前のソファに並んで腰掛けた。

 心なしか距離が近い……。志帆の甘い匂いに俺はドキドキした。


 やっぱり志帆を妹ではなく、アイドルとして、異性として意識してしまう。

 そんなことに志帆は気づいた様子もなく、楽しそうにコントローラーを握った。


 そして、志帆は小首をかしげる。


「これって、どうやって使えば良いんですか?」


 あまりゲームで遊んだことはないらしい。俺は簡単な格闘ゲームを立ち上げると、操作方法を志帆に説明した。


 志帆は興味深そうに聞いている。


「えっと、これは……どうすればいいでしょう、兄さん?」


「あー、それはね」


 俺は志帆の代わりにコントローラーのボタンを押そうとする。

 ところが、その瞬間に俺の指が志帆の手に触れてしまう。


「あっ……」


 志帆が照れたように俺を見つめる。

 俺は慌てて手を引っ込めた。


「ご、ごめん……」


「どうして謝るんですか?」


「だって……」


「あたしは全然、気にしていないのに」


 志帆はくすくす笑うが、その顔は赤かった。


「これが……ゆっくり、ですね」


 そして、志帆はつぶやく。


「あたし、アイドルを辞める前はいつも働きっぱなしでしたから。撮影や練習でスケジュールはいっぱいで、ゆっくりする時間なんてなかったんです」


「そっか。自由時間なんてなかったわけだよね」


「ママに言われて、いつも芸能活動のことばかり考えていて、空いた時間は休んだ学校の勉強が遅れちゃうから勉強して……」


 志帆は目を伏せる。過酷な生活だったんだろうな、と思う。

 俺は思わず、隣の志帆の赤い髪に手を伸ばした。そして、髪をそっと撫でる


 志帆がどきっとした表情で俺を見上げる。


「……兄さん?」


「志帆は偉いよ。努力家でアイドル活動も勉強もちゃんとやってて」


「そ、そんなことないです……」


「うちの学校って一応名門校だし、編入試験はかなり難しいはずなんだよ。それをパスできるなんてすごいと思う」


 スポーツ選手や芸能人でも、うちの学校は容赦ない。超進学校なのが売りだから、試験に合格しなければ編入させないだろう。


 もちろん勉強だけやっていればいいのなら、編入試験を通るのはそれほどすごいことではないかもしれない。

 俺だってうちの学校の中学受験は受かっているわけで。


 けれど、多忙なアイドル活動と勉強を両立させるのは並大抵の苦労じゃないはずだ。

 褒められた志帆はえへへと笑う。


「そんなふうにアイドルのこと以外を褒められるのは……初めてです」


「そんなことないんじゃない?」


「いえ、みんなはあたしのことを『エトワール・サンドリヨンのセンター』としてしか見ていませんから」


 志帆が寂しそうに言う。

 そうなのかもしれない。俺だって、最初に会ったときは志帆を「有名アイドル」だと見ていた。


 でも、今は――。


「なら、これからは俺が志帆を妹として見るよ」


「え?」


「頼りない兄かもしれないけど、俺はアイドルじゃない志帆をちゃんと見ていくよ」


 俺はそう言った。

 恥ずかしいけれど、この言葉を告げるのは必要なことな気がした。


 志帆は泣きそうな顔で、でもとても嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。やっぱり兄さんの妹になって、良かったです」




<あとがき>

☆での応援、お待ちしています!!!!


明日は夜19時頃の更新になりそうです。

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