第五膳 十和田バラ焼き

恋人のフリ?

 普通の女の子になりたい、か。

 たしかにアイドルの生活は過酷だとも聞く。志帆ほど人気ならなおさらスケジュールは過密だっただろう。


 これまでの志帆に何があったかは知らない。

 でも、「普通の女の子になりたい」が志帆の願いなら、俺はその力になりたい。


 ただ、それが志帆の本当の願いなんだろうか? そして、一宮さんは何かを言いたそうな顔をしている。


 そのとき、志帆のスマホの着信音が鳴った。

 メロディに聞き覚えがある。


「動物の謝肉祭……の第七曲『水族館』?」


 俺が思わず言うと、志帆が驚いたように「よくご存知ですね!」と言う。

 何を隠そう、料理だけじゃなくて、俺はクラシック音楽にも詳しいのだ……! まあ、料理以上に、モテる趣味とは言い難いが……。


 志帆はスマホの画面を見て、表情を曇らせる。

 画面にはレティ・ポートマンと表示されていた。


 志帆の母である大人気女優だ。


「はい、志帆です。はい、はい……平気です。べつに……。兄さんはそんなことしたりしません。……っ! あなたなんていなくても、兄さんがいれば大丈夫です!」


 志帆が怒ったよな表情で、電話を切る。俺も一宮さんもびっくりして、顔を見合わせる。

 は、反抗期……?


 やっぱり、志帆は母親との仲があまり良くなさそうだ。

 それより、気になったことがある。


「いまの電話って……」


「なんでもありません」


「お母さんのもとに戻ってくるように言われていたんじゃない?」


 志帆の口ぶりからして、そんな気がした。

 図星だったのか、志帆はうつむく。


 最初にこの家に来たとき、志帆は俺たちが二人きりで暮らすことになると言った。そして、それは両親の意向であるとも。再婚した夫婦にとって、連れ子は邪魔だからだ、と。


 ただ、俺はともかく、志帆はレティさんにとって自慢の娘のはずだ。大人気アイドルとして、母の期待に応えてきたわけだから。


 その娘を同い年の男と同居させるつもりがあるとは、俺には思えなかった。


「あたしはこの家にいるつもりです」


「どうして? 俺の父や志帆のお母さんじゃなくて、それは志帆が決めたこと?」


「……兄さんはあたしと一緒にいたくありませんか? ご迷惑なら……あたしは出ていきます」


 少し潤んだ真紅の瞳で、志帆が俺を見つめる。

 その言い方はずるい。そんなふうに言われたら、俺の答えは決まっている。


「迷惑なんかじゃないよ。志帆がいたいなら、いつまでもここにいていい」


 実際、志帆がいるのは迷惑どころか嬉しいことだった。もちろん大人気アイドルの美少女と同居なんて、男子なら誰もが憧れる。

 

 でも、俺にとって重要なのは、美味しくご飯を食べてくれる、素直で明るい同居人がいることだ。

 志帆がぱっと顔を輝かせる。


「ありがとうございます!」


 志帆は嬉しそうだった。ただ、最初の質問ははぐらかされた形だ。

 つまり、志帆は自分の意思でここに来た。それはいったいなぜだろう? 母親への反抗心だけだろうか?


 そこに一宮さんが口を挟む。


「小牧くんには悪いけど、私は反対。志帆はアイドルなんだから、いくらお兄さんでも二人きりで生活なんてダメよ」


「実菜には関係ないことです」


 志帆は迷わずそう言った。一宮さんはかっと顔を赤くする。


「関係あるわ! 私はエトワール・サンドリヨンのメンバー! 志帆もそうでしょう?」


「あたしは元メンバーですね」


「そうだとしても、マスコミにバレたら大変なことになるわ。男の子とひとつ屋根の下なんて……そ、そのエッチな関係だと思われたら……」


 一宮さんは顔を赤くして言う。

 一方、志帆は冷静な様子だった。


「元メンバーの恋愛までは禁止されていませんよ? いえ、べ、べつにあたしと兄さんは兄妹であって、恋愛関係というわけではありませんが……」 


「世間はそうは思ってくれないわ」


「なら、いっそニュースにしてしまうのもアリですね」


「え?」


 一宮さんが呆然とした表情になる。俺もびっくりした。

 志帆は何を言い出すのだろう?


「あたしは兄さんが同棲していて……そ、その恋人だって思わせるんです」


 志帆は口ごもりながら言う。

 俺は志帆の意図がピンと来た。


 つまり……。


「そうすれば、事務所やスポンサやーママが反対しても、あたしがアイドルに復帰する可能性はゼロになりますから」


 たしかにそのとおりだろう。アイドルは恋愛禁止。

 その原則を破れば、志帆はアイドルをやめられる。


 けれど……。

 一宮さんは眉を吊り上げる。


「そんなの許されるわけない! 志帆はエトワール・サンドリヨンがどうなってもいいの?」


「そんなことは思っていません」


「嘘。志帆はいつも勝手よ……! 一位だからって、なんでもかんでも許されると思ったら大間違いなんだから!」


 一宮さんは顔を真っ赤にして、激しい調子で言う。

 かなり怒っているようだ。


 志帆の方も表情はあまり変化がないが、感情的にかたくなになっている気がする。

 そうでなければ、俺と恋人のフリをするなんて言い出さないだろう。


「帰ってください、実菜。これはあたしの問題です」


「志帆がエトワール・サンドリヨンに戻ってくるって言うまで、絶対にここから動かない」


 志帆と一宮さんがバチバチと視線で火花を散らす。人気アイドル同士が喧嘩すると迫力があるなあ……。


 なんて思っている場合じゃない。俺も当事者なのだ。

 ここは男らしく(?)、俺が仲裁するしかないだろう。たぶん、なんとかなる。


 志帆が俺を振り向く。そして、頬を真っ赤に染めて、上目遣いに俺を見た。


「兄さん、あたしの恋人になってくれませんか?」






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