普通の女の子

 さて、十分な量の生姜がすりおろせた。


「ありがとう、志帆」


「はい!」


 志帆から生姜を受け取ると、さらし布で生姜の繊維としぼり汁を分けた。

 繊維の方は鍋に放り込み、水と三温糖(茶色い砂糖)とともに火にかける。


 沸騰させて弱火で煮詰めていく。


「それにしてもジンジャーエール以外に生姜の飲み物があるなんて知りませんでした」


「生姜は何にでも使えるよね。生姜焼きのように肉の味付けにも使うし、紅生姜みたいにそのまま食べたりもするよね、ハーブでもあるし」


「生姜ってハーブなの? ハーブっていうと、ローズマリーとか、そういうイメージだけど……」


 一宮さんが言う。

 俺はうなずいた。


「ハーブっていうと、ヨーロッパで昔から料理や薬に使われていた植物を指すけど、その意味では生姜もハーブだよ。その場合はジンジャーっていうかもだけど」


「あっ、そっか。ジンジャーエールもそうだし、ジンジャーブレッドとかもね」


「そうそう。日本や中国では大昔から使われているし、漢方薬の材料にもなるね」


 そんなことを話していたら煮詰めるのが終わったので、それをキッチンペーパーでこして生姜の繊維を取り除く。


 その液体と生姜の絞り汁、そして水飴をふたたび鍋に投入。

 おたまでかき混ぜながら、煮詰めていく。


 そこで俺は手にある機械を持った。黒い取っ手があり、先端に金属がついている。


 志帆が不思議そうにそれを見つめる。


「なんですか、それ?」


「屈折糖度計」


「くっせつとうどけい?」


「糖分の割合を確認できる機械でね。どのぐらい甘くなったかを見ることができるんだよ」


「ほ、本格的ですね……」


 まあ、普通の家には置いていないものだと思う。

 ただ、せいぜい三千円ぐらいで買えるものだし、悪くない。


「これで糖度が63度ぐらいになるまで煮詰めていくとちょうどいい感じ……うん、出来上がり」


 見た目も飴っぽくなったし、これで出来上がりだ。

 これを冷やしてから原液として保管して、冷たい水で割れば冷やし飴になる。

 

 志帆がちょっと恥ずかしそうに俺を上目遣いに見る。


「兄さん……」


「な、なに?」


「その、厚かましいかもしれませんけど……もう一杯、飲みたいんです」


 作っているところを見て、おかわりが欲しくなったのかもしれない。

 一宮さんの方をみると、彼女もえへへと笑いながらうなずいた。


 そんなに喜んで飲んでくれたのは、俺としても本望だし、もう一杯振る舞いたいところなんだけれど。


「その……残念だけど、これ冷やすのにけっこう時間がかかるんだよね……」


「あっ……」


 志帆と一宮さんが気づいたのか、がっかりとした表情になる。

 さっきまで沸騰させていたものだから、粗熱をとって冷蔵庫に入れて冷やすと、だいぶ待たないといけない。


「残念です……」


「まあ、温かいままでいいなら飲めるけどね」


「えっ。温かいままでも飲めるんですか?」


「もちろん。冷やしたものは『冷やし飴』って呼ぶけど、お湯割りはは『飴湯』っていうんだよ」


 関西では冬場に体を温めるために使う飲み物だとか。

 志帆は「それ、飲んでみたいです!」と言う。


「でも暑くなるかもだけど、いい?」


「クーラーも効いてきましたし、平気です」


 一宮さんも同意見だったらしい。

 飴湯ならすぐできる。俺は熱湯を用意すると、さっき作っていた冷やし飴の原液をマグカップに入れて、お湯で割る。


 今度は三人分だ。


「はい、どうぞ」


 俺が差し出すと、二人は「ありがとうございます!」「ありがと!」と言って受け取り、ふうふうと息で冷まし始める。


 大人気アイドル二人が、俺の家のキッチンで熱い飲み物をふうふうしている……。

 現実感のない風景だ。


 志帆は一口飲むと、「ふうっ」と息をつく。


「温かいともっと優しい味になりますね。甘くて、生姜の味も効いていて……とても穏やかな気分になれます」


「喜んでくれて嬉しいよ」

 

「はいっ!」


 志帆が柔らかく微笑む。

 その表情はとても幸せそうだった。


 そして、つぶやく。


「あたしは……こんな平和な時間がほしかった」


「え?」


「アイドルじゃなくて、普通の女の子にあたしはなりたいんです。兄さんの隣なら、それができると思うから」


 志帆は照れたように目を伏せて、俺にそう言った。





<あとがき>

これで第四膳も完結。次章、志帆との関係が急接近!?


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