アイドル二人

 一宮さんが慌てた様子で立ち上がる。


「し、志帆!? これは違うの!」


「違うって、何が違うんですか?」


 ジト目で志帆が一宮さんを睨む。

 たしかに状況だけ見れば、俺が一宮さんをマンションに連れ込んだ……ようにも見えるのか。


「いつのまに実菜とそんなに仲良くなったんですか?」


「いや、俺が一宮さんと仲良くなったわけじゃなくて――」


「わたし以外の女の子を家に上げるなんて、ひどいです」


 なんて志帆が言う。

 まるで浮気者のような扱いだ。いや、実際、志帆は俺のことを浮気者と呼んだけれど。


 俺たちはただの義理の兄妹のはず……。


「一宮さんは志帆に用事があって、うちに来たんだよ」


「え? そうなんですか?」


 アイドルとして戻ってきてほしい、と説得のために一宮さんがうちに来たこと。暑くて熱中症になるといけないので家に上げたこと。

 俺は簡単にそう説明した。


 志帆は顔を赤くする。


「は、早とちりしてすみません……」


「志帆も帰ってくる途中、暑くなかった? 麦茶飲む?」


 志帆はこくこくとうなずいた。

 暑さに勝てないのはアイドルも同じらしい。


 俺が氷を入れたグラスに麦茶を注いで差し出すと、志帆はぐいっと飲み干した。

 そして、ほっとした表情になる。


「美味しい……」


 その志帆に横から実菜が口を挟む。麦茶がこだわったものであるということを、俺が説明したのと同じように志帆に説明してくれた。

 この麦茶は高級品だからちょっとした贅沢だが、小牧家の財産からしてみればささいなものだ。


 志帆は「へええ」と感心している。


「兄さんってお茶にもこだわっているんですね」


「暇だからね」


 帰宅部だし、彼女もいないし。 

 一応、俺はバイトはしている。お金は放任主義の父からかなりの額を渡されているが、社会経験のためにしているようなものだ。ただ、時間はさほど取られない。


 要するに俺が凝った料理を作れるのは暇人だからなのだ。


 志帆はそんな俺を憧れるように見つめた。


「暇、なんですね……いいなあ」


「羨ましがるようなことじゃないと思うよ?」


「あたしはアイドルとしてずっと働き詰めでしたから。実菜もそうでしょう?」


 一宮さんもちょっと困った顔でこくこくとうなずく。

 ああ、まあ、学生をやりながらアイドルをやるなんて、とてつもなく忙しいだろう。志帆や一宮さんのような人気アイドルなら、なおさら。

 

 志帆は微笑んだ。


「でも、これからはあたしも兄さんと同じで、のんびりできますね。アイドルを辞めるんですから」


「し、志帆。それは認めないって言ったでしょ!?」


 詰め寄る一宮さんに、志帆はため息をつく。

 このままだとまた喧嘩になりそうだ。一宮さんも交渉が上手くないな、と思ってしまう。


 もっと別の攻め方があるだろうに、これでは平行線なだけだ。

 俺は慌てて割って入る。


「と、ところで! 暇な俺が作った、美味しいおやつがあるんだけど興味ない?」


 自分で「美味しい」なんて言うのは気恥ずかしいが、志帆と一宮さんの気を引くためだった。

 狙い通り、二人はこちらを向き、目を輝かせる。


「「美味しいおやつ!?」」


 二人の声がハモる。やっぱり、二人は仲良しなのでは……?


「兄さんのおやつ、すごく楽しみです!」


「そんなに美味しいの……?」


 一宮さんの問いに、志帆が「兄さんの作る料理はすごく美味しいんですよ!」と満面の笑顔で言う。一宮さんも「へえ、楽しみ……!」とつぶやいた。


 ハードルが上がってしまった……。でも、そう言ってくれるのは嬉しい。


 俺はくすっと笑うと、「ちょっと待っててよ」と言う。


 そして、冷蔵庫からとあるものを出して、ガラスのコップ二つに注ぐ。ちょっとレトロでシンプルな透明のコップだ。そして、それを冷たい水で割っていく。うん、二人分はあるな……。


 それを持ってきて、テーブルに置くと、二人は興味津々といった様子でそのコップを見つめた。

 コップには美しい琥珀色の液体が注がれている。


「こ、これは……?」






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