兄さんの浮気者っー!

 言った後に俺は後悔した。

 アイドルを男の家にあげるなんて、もし知られたら不祥事になりかねない。


 というより、べつにアイドルじゃなくても、同い年の女の子を家に連れ込むこと自体が身の危険になるだろう。


 ところが、一宮さんの反応は思いもよらないものだった。


「え! いいの? 正直暑かったら助かる……!」


 きらきらと目を輝かせる。

 アイドルのそんな表情に、俺は戸惑った。


「もちろん俺はいいけど……一宮さんはいいの?」


 俺が心配を口にすると、一宮さんはふふっと笑った。


「マンションの前まで来たんだから、いまさらでしょ? 変装だってしているわけだし。それに、メンバーの家に来るのが問題になったりはしないわ」


「でも、今いるのは俺だけだよ」


「ま、まあ、そうだけど……でも、志帆のお兄さんだし、志帆があんなに懐いているんだから悪い人じゃないと思うし……」


 一宮さんが目を泳がせる。

 志帆に対しては男とデートしていると言って怒っていたのに、自分は無防備で心配になる。


 思えば、志帆を連れ戻すためにわざわざ転校までするあたり、直情径行というか危なっかしいところがあると思う。


 ただまあ、俺が言い出したことだし、実際、このままだと熱中症になりそうだし。

 俺は決断してオートロックの扉を開けた。


 そして、二人並んでエレベーターへと乗り込む。


「すごく豪華なマンションね……」


 最上階の38階で降りると、一宮さんはきょろきょろと周りを見回した。

 廊下からもかなり良い景色が見られるので、一宮さんは「わあっ」と顔を輝かせる。


「こんなすごいマンションを作っているのって、どこの誰なんだろう? 知ってる?」


 一宮さんの疑問に俺は肩をすくめた。

 聞かれなければ言わないことなのだけれど……。


「このマンション全体が小牧家の持ち物だよ」


「え!?」


「帝急の持ち物じゃなくて、小牧家の資産管理会社小牧エステートが所有している」


 ここの家賃収入だけでも、一生遊んで暮らすには困らないだろう。ただ、これは小牧家の財産のほんの一部に過ぎない。


 一宮さんが恐ろしいものを見るように、俺を眺める。


「本当にお金持ちなんだ……」


「親が金持ちなだけだよ」


「でも、羨ましいな。うちは普通の家だから」


 一宮さんも志帆と同じで、外国系ハーフだそうだ。たしか母親がロシア系なのだとか。だから、銀髪碧眼なのだろう。


 それに、普通の家といっても、学費の高いうちの学校に編入できるのだから、それなりに裕福な家なのだとは思う。


 ただ、志帆と違って、母親が有名な芸能人という話は聞かないし、一般家庭出身であることは確かなのだろう。


 部屋の扉を開けて、俺は一宮さんを案内する。


「お、お邪魔します……」


 一宮さんはおそるおそるという様子で部屋に入る。


「そのへんに座っていてよ」


 リビングのテーブルに腰掛けるように俺は言う。

 一宮さんはちょこんと座った。


 人気アイドルが俺の家にいる。第二弾だ。

 ……緊張する。


「とりあえず飲み物は麦茶でいい?」


「あ、ありがと」


 暑い夏の定番といえば、麦茶。今朝、冷蔵庫で作って冷やしておいた麦茶がある。

 帰ってきたときの楽しみにしてあった。


 それに氷を入れて、透明なガラス製のロックグラスに入れる。


 麦茶のあの濃い色が綺麗に映えるグラスだ。


「はい、どうぞ」


 俺は微笑んで、自分も座って麦茶に口をつける。

 うん、やっぱりこの特別な麦茶は良いな……。


 一宮さんも同感だったらしい。


「こ、この麦茶……! すごく美味しいのね! 香りも味も麦茶とは思えない……」


「さすが一宮さん。お目が高い。普通の麦茶とは違うんだよ」


 俺がおどけて言うと、一宮さんは小首をかしげた。


「普通の麦茶と違うってどういうこと?」


「東京の製粉所で作られた粒上の茶葉で、契約農家の六条大麦だけを使っているんだって。でも、ポイントはもう一つあって、砂釜焙煎っていう方法で作ってる」


「砂釜焙煎?」


 普通の麦茶は熱風に当てて作る。けれど、この麦茶は昔ながらの製造方法で、熱した砂のなかに大麦を通しているのだとか。


 という高級品の茶葉を使っているから美味しいのだけれど、俺自身も煮出す時間は何度か試して最適の時間にしているし、ふきんで濾しているから味も純度が高い。


 そういう小ネタを俺が語る。うんちくなんて嫌がられるかと思ったけれど、一宮さんは「今度私も買ってみる……!」と嬉しそうにうなずいていた。


 志帆といい、一宮さんといい、素直な良い子だなと思う。

 アイドルなんてプライドが高くてきつい性格かと思っていたけれど、この二人はそんなところは全然ない。


「はぁ~生き返る~!」


 一宮さんがほっと息をつく。よほど暑かったんだろう。

 

「おかわりもあるけど、いる?」


「ぜひいただきます!」


 一宮さんがくすっと笑って言う。

 彼女のグラスを手にとって、俺は麦茶を注いで戻る。


「ありがとう」


 一宮さんはそう言うと、ふいに俺を見つめた。

 突然、まっすぐに見つめられてドキリとする。


「ねえ、小牧くん」


「な、なんでしょう?」


「志帆のこと、お願いね」


「え……?」


「アイドルを辞めても続けても、小牧くんは志帆のお兄さんだから。支えてあげてほしいの。もし志帆がアイドルを辞めたら、私には……何もできないから」


「もちろん、可能な限り俺は志帆の力になるよ。でも一宮さんだって、志帆の力になれるんじゃない?」


「私は……ダメだよ。私と志帆はエトワール・サンドリヨンの仲間にすぎないんだから。志帆がアイドルを辞めたら、何の関係もなくなっちゃう」


「……一宮さんもそう思ってるの?」


「私は志帆を大事な友達だって思ってる。でも、志帆はたぶん、そう思ってない」


 昼間、学校では一宮さんは志帆に拒絶されていた。そのことがショックだったのだろう。

 一宮さんはうつむいてしまう。


「私は志帆のことが羨ましくて妬ましくて、でも、尊敬している。大事な仲間なの。だから、私はあの子に戻ってきてほしい。でも……


 志帆はアイドルを辞めると言っている。

 その決意は固いようだった。


 志帆がアイドルを辞める理由は、はっきりとしたところを俺も知らない。志帆がどうするにせよ、俺もその理由を知っておいた方が良さそうだな、と思った。


 そうでなければ、俺は兄として志帆の力になることはできないだろう。


 突然、廊下の扉が開いた。

 そして、ばさっと荷物が落ちる音がする。


 驚いて振り向くと、そこには赤髪赤目の美少女がいた。

 彼女は俺たちを睨む。


「……兄さんの浮気者!」


 そんなことを、志帆は頬を膨らませて言った。




<あとがき>

次回は修羅場……なんてことはなく、美味しいおやつの回です。


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