輝く星は一つだけ

 志帆はうろたえて、顔を赤くする。


「そ、そんな……デートだなんて……! 実菜にはそう見えます?」


 気にするのがそっち……!?

 俺もびっくりしたけれど、一宮さんは怒ってしまったみたいだった。

 ぷくっと頬を膨らませる。さすがアイドル。怒った表情も可愛い。


「デートに見えたら困るでしょ? 私たちはアイドルなんだから。男とデートなんてスキャンダルになるわ」


 そして、一宮さんは俺を睨む。


「志帆に何かしたら、ただじゃおかないんだから! アイドルに手を出すなんて非常識よ!」


「いや、俺は――」


「可愛い顔をして、志帆をたぶらかしたのね!」


 アイドルに可愛い顔、と言われる俺はいったい……男なのだが……。

 俺は肩をすくめた。


「俺は志帆の兄だよ」


「え? 志帆のお兄さん……?」


 戸惑ったように一宮さんが俺を見つめる。

 まったく似ていないから、不自然に思うのも無理はない。俺は簡単に自己紹介をして、そして経緯を説明した。


 自分が一宮さんの敵でないという証明も兼ねている。

 一宮さんは「しまった」という顔をした。 


「ごめんなさい……えっと、小牧くん」


「気にしないでよ」


 俺はへらりと笑うと、一宮さんはほっとした表情になる。

 素直に謝れるんだから、悪い子じゃないんだろうな。


 ただ、問題は解決していない。

 志帆がなぜかちょっと不満そうに俺と一宮さんを見比べている。


「仮に兄さんがあたしの、か、彼氏だとして、仮にデートをしていたとして、何が問題なんですか?」


「さっきも言ったでしょ? 志帆はアイドルだから」


「あたしはもうアイドルではないです。辞めたんですから」


「それを私は認めないって言っているの!」


「なんでそんなことを実菜に言われないといけないんですか?」


「だって、私たち、同じエトワール・サンドリヨンのメンバーでしょ!? 仲間……だよね?」


 一宮さんは不安そうに志帆を見つめる。志帆はそんな一宮さんを見つめ返した。

 ルビーのような瞳が、寂しそうに揺れる。


「そうでしたね。昔は……仲間でした」


「……本当に辞めるつもりなの?」


「はい」


「志帆がいなかったら、エトワール・サンドリヨンは壊れちゃう。お願い、戻ってきて」


 一宮さんはさっきまでの剣幕はどこへやら、志帆に懇願する。そのままだと地面に膝をついて、すがりつきそうな雰囲気すらあった。

 

 エトワール・サンドリヨンは常に人気一位の羽城志帆こそが、不動のセンターだった。二位の川原琴音も、歌も踊りもトーク力も容姿も、志帆の足元にも及ばない。


 だからこそ、志帆がいなくなれば、これまでどおりの人気を維持することは難しいだろう。

 けれど、志帆の決意は固いようだった。


「なんと言われても、あたしは戻るつもりはありません」


「でも、みんな志帆に期待している。グループのみんなも事務所もテレビ局もスポンザーも。それに、志帆のお母様だって、志帆の活躍をあんなに喜んでいたのに――」


「あたしはママの操り人形じゃない!」


 志帆が大きな声を出したので、びくっと一宮さんが震える。こんなふうに志帆が感情的になるのを見るのは初めてだった。


 俺も少し驚く。やっぱり、志帆は母親との関係でなにかトラブルを抱えているのかもしれない。

 まあ、俺も父親との関係は良好じゃないけれど……。


 志帆ははっとした表情で口を押さえる。


「ねえ、実菜。この話は後にしてもらえませんか? 今は……お昼ごはんを楽しく食べたいんです」


 そう言われて、一宮さんもさすがに引き下がることにしたらしい。

 ただ、最後に一宮さんは小声でささやく。


「私は志帆を連れ戻すために、わざわざこの学校に転校してきたの。絶対に諦めないから」


 そう言って、一宮さんは立ち去っていった。

 志帆がはぁっとため息をつく。


「お見苦しいところをお見せしました、兄さん。すみません」


「べつに謝ることじゃないよ。やっぱり、志帆は……みんなに必要とされているんだね」


 ただの男子高校生の俺とは、志帆は違う。

 一宮さんが頭を下げて、戻ってきてほしいと懇願するほど、エトワール・サンドリヨンにとって必要不可欠な存在なのだ。


 けれど、志帆は憂鬱な表情を浮かべる。


「本当に大事な人から必要とされないんだったら、何の意味もありません」


「え?」


「いいんです。ね、兄さん。お弁当を食べましょう? いまのわたしにとっては、兄さんが作ってくれるご飯の方がずっと大事ですから」


 そう言って、志帆は微笑んだ。

 牛肉ど真ん中を志帆は口に運ぶと、途端にぱっと笑顔になる。


 俺が作った弁当が志帆を喜ばせているなら――少しでも必要とされているなら、それは光栄なことだと思う。

 たぶん一宮さんも他の人も志帆を必要としても、志帆が必要とする存在にはなれなかったのだ。


 だから、志帆はアイドルを辞めることになった。そんな気がした。


 アイドル・一宮実菜が俺の家を訪れたのは、その日の夕方だった。

 間が悪いことに、そこには俺しかいなかったのだ






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