アイドル・一宮実菜

「ぎゅ、牛肉ですね……!?」


 そう。志帆のいうとおりだ。


 俺たちの弁当箱は一段で四角形とシンプルな形だ。

 その大部分に牛肉が所狭しと敷き詰められている。他には卵焼きや芋煮といった副菜が入っていた。


 牛肉の下にはふっくらと炊き上げ得たご飯があるから、牛丼風だ。

 

「ただし、普通の牛丼じゃないんだよ」


「あれ? そう言われれば、お肉が二種類あるような……?」


 弁当箱の半分辺りを境目に、牛肉は種類が違っている。

 

「片方は牛肉のそぼろ、もう片方は牛肉煮だから二種類の味が食べられるというわけ」


「へえ……! 違いが楽しみです……!」


 俺もお腹が空いている。健全な男子高校生なので、昼休みともなれば飯のことしか考えられない。

 もはや俺も志帆も「カップルに見られる……」なんて心配は忘れて、目の前の弁当に夢中だった。


 口からよだれがこぼれ落ちそうな表情を志帆は浮かべている。

 そして、はっとした表情をした。


「さ、早速、食べましょう……!」


「そうだね」


「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン」


 志帆は胸のあたりで十字を切ると、「さて」とワクワクした様子で箸を手にする。


「ではまずはそぼろの方から……」


 そして、志帆は箸を進める。牛そぼろと白米を一緒に頬張ると、「う~ん! 美味しい!」と頬を緩めてつぶやく。


「牛肉煮の方も美味しい! どちらも甘辛い味ですけど、少し違った味……! 一度のお弁当でニ度美味しいわけですね」


「喜んでもらえて何より。安心したよ」


 人に自分の料理を食べてもらうのは嬉しいことだけれど、毎回、口に合わなかったらどうしよう、という不安は消えない。

 幸い、志帆の反応からはお世辞でなく美味しいと思ってくれていることがわかる。


 表情も豊かで、リアクションもわかりやすくていい子だなあ、と思う。

 葉月や晴だって、俺の料理を喜んでくれるけれど、ここまで大げさに美味しいと言ってくれるのは志帆だけだ。


 志帆が国民的アイドルアイドルということより、俺の料理を美味しく食べてくれる、ということの方が俺にとってはずっと大事かもしれない。


「冷めているのに、温かい牛丼よりも美味しく感じますね……! 駅弁みたいな感じ……!」


「そうそう。まさにそのとおりで、もともとは駅弁なんだよ」


「え?」


「牛肉ど真ん中っていう米沢駅の名物駅弁でね。新杵屋っていう店が売っている、全国でも人気ベストスリーに入るような人気駅弁らしいよ。それを俺がアレンジしてみたわけ」


「ベストスリー、ということはあと二つも気になりますね……!」


「それも今度俺が作ってみようと思っていて――」


「ぜひぜひ食べたいです!」


 志帆が食い気味に言う。目をきらきらと輝かせている志帆に、俺は苦笑する。


「もちろん、志帆の分も作るよ」


「はい! また一緒に食べましょう!」


 志帆が子供のように喜ぶので、俺の頬も緩む。

 こんなに喜んでくれるなら、料理をする甲斐があるなあ……。


「卵焼きも柔らかくて程よい甘さで美味しいです……!」


 志帆の言う通り、副菜もこだわって作ってある。

 俺は口に運ぶ。うん、ちゃんとできている……!


「ああ、平和だなあ」


 そういえば、この屋上で葉月に振られたんだった。

 なんだか、それが遠い昔のことのようだった。


 いまでも俺は葉月のことが好きだけれど。

 でも、家族として志帆が隣にいてくれて。葉月に対する思いも、失恋のショックも、少しずつ薄れていくのを感じていた。


 けれど、志帆はいつまでも俺の隣にいてくれるわけではないだろう。

 妹――それも昨日家族になったばかりの、血の繋がらない義妹なのだから。


 いつ事情が変わって別の家に住むことになるかもわからない。

 そして、俺の心配はすぐに現実のことになった。


 隣のベンチから女子の楽しそうな声が聞こえる。


「そういえば、エトワール・サンドリヨンのメンバーが転校してきたんだって!」


 ああ、もう志帆のことが噂で広まっているのか……。

 ところが、俺の予想は外れだった。


 その女子のとなりに座る男が「ああ」と応える。


「エトワール・サンドリヨンの一宮実菜いちのみやみなだろ?」


 ……え?

 志帆のことじゃない?


 俺も志帆もびっくりして顔を見合わせる。

 一宮実菜、というのはたしかにエトワール・サンドリヨンのメンバーだ。人気メンバーで、志帆ほどではないが、いつも総選挙をすれば四位には入ってくる。

 

 志帆が怯えたようにあたりをきょろきょろと見回す。


「み、実菜がこの学校に……あ?」


 いつのまにか、一人の女子生徒が俺たちの前に立っていた。

 背がスラリと高い。銀色の短めの髪が風で揺れる。


 驚くほど整った顔立ちで、可愛いというよりは美人というタイプだ。

 志帆とは違った方向で、凄まじい存在感がある。


 彼女は青い瞳で俺たちを睨んだ。


「し、ほ……! こんなところで男とデート? いいご身分ね!」


「み、実菜!?」


「志帆がアイドルをやめるなんて、私は絶対認めないんだから!」


 俺たちの前にいたのは、アイドル・一宮実菜だった。





【あとがき】

これで第三章も完結!


面白かった、実菜との関係がどうなるか気になる、と思っていただけた方は、☆☆☆での応援、お待ちしています。続きを書く励みになります。


また、北欧美少女のクラスメイトも本日から発売中ですのでよろしくです!

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