カップルに見える?

 午前中の授業はクラス全員がソワソワしていた。それはそうだ。

 なんといっても教室の隅に、昨日まで大人気アイドルをしていた女の子がいるんだから。


 テレビの中の存在だった彼女が、こんなにも身近にいる。

 そして、志帆が注目されればされるほど、その兄の俺も注目されることになる。


 志帆はアイドルだからみなから注目されるのは慣れているかもしれないが、俺はそうじゃない。

 どちらかといえば、地味な男子だったのに。


 目の前の席の晴も興味津々という様子で、授業中に小声でこっちに話しかけてきた。

 教師に怒られるぞ。


「公一にあんな可愛い妹がいるなんて知らなかったなあ」


「俺も知らなかったよ」


「?」


 晴が不思議そうにするが、あまり事情を話すつもりはない。


 というか俺自身も事情をよくわかっているわけではないし、志帆の許可も得ていないのにペラペラと喋るわけにはいかない。


 簡単に親の再婚で兄妹になったこと、それが昨日わかったということだけ話した。

 それでいったんは晴も引っ込んだ。


 ところが、晴は昼休みになってもその話を聞きたそうだった。


「それにしても公一の妹になれるなんて羨ましいよねえ」


「いや、普通は逆じゃない?」


 大人気アイドルの兄になれるなんて言ったら、ファンなら泣いて喜ぶだろう。

 逆にそのへんの平凡男子(ちょっと女子力高いだけ)の妹になっても何も嬉しいことはない。

 

 けれど、晴は首を横に振った。


「そんなことないと思う。公一はもっと自分に自信を持ってよ」


「でもなあ」


「女子にもモテてるし」


「え? そうなの?」


「公一のことを好きって女子、けっこういるよ? まあ美少年だもんね」


「だ、誰?」


 ぜひ知りたいところだ。いや、俺が好きなのは葉月なんだけどね……?

 ところが、晴はにやにやと笑って、「教えてあげない」と言った。


「そんなことより、ぼくにとっては公一のご飯の方が羨ましいね。羽城さんは毎日、公一のご飯が食べられるわけだろ?」


「そんなの大したことじゃないよ。ただの素人料理だし」


「でもすごく凝っているよね? 将来は料理に関係する職業に就くとか、しないの?」


 晴に問われて、俺は口ごもる。

 そう。俺は料理が好きだ。でも、それを職業にするのはまた別問題だと思う。


 好きなことも仕事にすれば嫌になるというし。

 それに――俺は小牧家と帝急電鉄に縛られている。その後継者という立場からは逃れられない。


 俺が答えるより早く、志帆が俺の席にやってきていた。彼女はクラスメイトから質問攻めにあうかと思いきや、ほぼ誰も話しかけていなかった。


 クラスメイトたちは男子も女子も互いに牽制しあっていて、アイドルとの距離感を測りかねてるらしい。

 憧れの存在だからこそ、そう簡単には近づけないんだろう。


「ね、兄さん……」


「ああ、お昼に行こうか」


 俺が言うと、志帆ははにかんだように「はい」と返事をする。アイドルのそんな表情が俺にだけ向けられているという事実に、俺はくらりとする。


 晴が「いってらー」と手を振り、くすりと笑う。

 こうして、俺は志帆と一緒に弁当箱を片手に教室を出た。クラスのみんなが俺たちに注目している。


 葉月も俺たちをちらっと見ていた。普段通りなら、葉月は女子の友人たちと学食に行くはずだけど。


 俺たちは廊下に出て、顔を見合わせる。


「どこで食べましょう……?」


「教室の中だと注目されすぎるものね」


「はい。だから、どこか良いところがあると良いんですけど……」


 といっても、思いつく場所は多くない。

 一番無難なのが屋上だった。


 なので、俺が志帆にそう提案すると、志帆はぱっと顔を輝かせる。


「あたし、学校の屋上って入ったことがないんです」


「そうなの?」


「前の学校は立ち入り禁止でしたから……。青春って感じがしますよね!」


 前の学校、か。

 そういえば、考えてみると、俺は志帆のことを何も知らない。


 ご飯を作ってあげて、美味しく食べてもらう関係。

 それももちろん大事だけど、それだけが兄妹ではないはずだ。


 アイドルとしての志帆のインタビューか何かの情報を俺は思い出す。


「中高一環の女子校に通ってたんだよね」


「よくご存知ですね」


「俺もアイドル・羽城志帆を応援していたからね」


「そ、それはありがとうございます」


 志帆がちょっと恥ずかしそうに顔を赤くする。


「どうしてうちに転校してきたの? 前の学校には友達とかもいただろうし」


「……友達なんていませんでした」


「え?」


 志帆の表情に一瞬、影が差す。その志帆の暗い表情の意味が、俺は気になった。

 だが、すぐに志帆はいつもどおりの明るい笑みを浮かべた。


「新しい家は渋谷でしょう? あたしが通っていた女子校は家からけっこう遠くなりますから」


「ああ、なるほどね」


 アイドル活動を休止しても、志帆は有名人だ。電車で通学したりすれば、襲われたりするリスクがある。


 その点、この学校は渋谷にある小牧のタワマンから徒歩で数分の位置にある。

 名門校だからセキュリティも万全。


「それに兄さんもいますから、なおさら安心できますし」


 志帆がふふっと笑う。

 非力な俺なんかでは、志帆を守るのに大して役に立たない……と言いかけて、やめた。せっかく志帆が俺を頼ってくれているのだから、それを否定することもない。


「困ったことがあれば、何でも言ってよ。一応、兄貴なわけだし」


「はい。頼りにしてますよ」


 くすくすっと志帆は笑う。

 やがて、屋上につく。


 本校舎の屋上はかなりのスペースがあって、花壇なんかも広がっている。

 日差しもほどよいし、弁当を食べるのにはちょうどよい。


 だが――ここに来たのは失敗したかもしれない。


 志帆が顔を赤くする。


「か、カップルばかりですね」


 周りにいたのは男女の二人組ばかり。当然、交際しているんだろう。

 甘い雰囲気が漂っている。


「と、ともかく……弁当を食べようか」


 俺がごまかすように言うと、志帆はこくこくとうなずいた。

 そして、二人並んでベンチに座る。


「こうしていると……あたしたちもカップルに見えるんでしょうか?」


 志帆がつぶやき、恥ずかしそうにする。

 周りの男女の生徒たちも俺の方をチラチラと見ている。羽城志帆だと気づいている人もいそうだ。


 よ、余計なことは考えないようにしよう。

 俺たちはお弁当を食べに来ただけなんだから。


 弁当箱を取り出すと、志帆はとても嬉しそうな表情を浮かべた。


「どんなお弁当か、楽しみです!」


「期待に添えるといいんだけど」


「兄さんのお弁当なら、きっと美味しいに決まっています!」


 志帆は弾むような調子で言うと、ぱかっとステンレスの弁当箱の蓋を開けた。

 そして、志帆は息を呑む。


「こ、これは……!」








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