義妹のお願いは断れない

 クラスメイトの誰もが度肝を抜かれたと思う。なにせあの国民的アイドル・羽城志帆が転校してきたのだから。


 クラスも同じな葉月もぽかーんとしている。


 それ以上に俺はびびっていた。

 まさか義妹が同じクラスに転校してくるなんて……。


 志帆は完璧な微笑みを浮かべる。


「皆さんの中にはあたしのことをご存知の方もいるかもしれません。でも、あたしは活動休止中で学業に専念するつもりです」


 学業に専念、というのはアイドルが卒業するときによく使う言葉だ。

 ただ、それは表向きで、他の理由もあることも多いと思う。


 志帆も何か事情があるようなことを俺に対しては言っていた

 もちろん、みんなの前では志帆はそんなことをおくびにも出さない。


「ですから、同じクラスメイトとして普通に接していただけると嬉しいです」


 さすがアイドル。教室の窓側一番うしろという俺の席まで綺麗な声がよく通る。

 担任の女性教師、見晴台梨沙みはらしだいりさはとても上機嫌な様子だった。

 

「私も実は羽城さんの大ファンだったのよねー。アイドル活動をお休みしているのは残念だけど、こんな形で出会えるなら大歓迎」


「ありがとうございます」


 志帆はふふっと笑う。

 前の席の男子生徒・星崎晴ほしざきはるがこちらを振り向く。晴も俺と同じで中性的な顔立ちで、よく女子と間違えられている。

 ただ、俺と違って、そのことをそんなに気にしていないらしい。おっとりした性格の良い奴だ。


 たまに俺が弁当を渡してやると、「美味しい美味しい」と言いながら食べてくれる。ちょっと犬っぽい。


 その晴が小声で話しかけてくる。


「なんで羽城志帆がうちの学校なんかに転校してくるんだろ? ぼくは想像がつかないよ……」


「俺も見当がつかないけどさ。うちの学校は一応名門進学校だよね。それに、芸能活動をやっている人もそこそこいるし」


 俺は答えてみた。誰もが知っている人気子役が慶応の付属高校に通っていたのと同じで、大人気アイドルが私立の名門校に通うのも理解できなくはない。


 学校にとってもアイドルにとっても箔が付くし、私立の名門校は校風が自由だから芸能活動がやりやすいこともあるだろう。


 ただ、志帆が転校してきた理由は……。


「なにか別の理由がある気がするよね」


 晴はそう言って肩をすくめる。

 そのとおり。おそらく志帆が転校してきた理由は違う。


「じゃあ、羽城さんには空いている席に座ってもらおうかな」


 空いている席……? このクラスに空いている席なんて一つしか無い。

 俺の隣だ。


「はい」


 志帆はこくりとうなずくと、くすりと笑って俺に目配せする。

 ドキッとするが誰も気づいている気配はない。


 ゆっくりと志帆は歩いてくる。志帆がいるというだけで、ただの教室がまるでファッションショーのランウェイのように見える。


 そして、志帆は席の前で立ち止まり、俺の方を優しく見つめた。

 志帆は赤い髪をかき上げると、人差し指を唇に当てて、いたずらっぽく片目をつぶる。


「びっくりしました? 兄さん?」


 教室がシーンと静まりかえる。

 そして、ざわざわと教室が騒がしくなる。


「小牧の妹!?」「でも苗字が違うし」「家庭の事情なのかな」「小牧くんって『お兄さん』ってキャラじゃないよね」


 誰か女子の一人が失礼なことを言った気がするが、無視することにした。

 問題は志帆だ。


「し、志帆……! そんなことを大声で言わなくても……!」


「いいじゃないですか。あたしたち、兄妹なんですから」


 志帆はあっけらかんと言う。


「同じ学校なら、なんで言ってくれなかったのさ」


「ごめんなさい。兄さんを驚かせたくて。まさかクラスまで同じだとは思っていませんでしたけど……」


 ともかく、これでクラスメイトに俺と志帆が兄妹だとバレてしまった。


 晴が愕然とした表情でこちらを見る。


「公一……さっき、まるで他人みたいなことを言っていたよね……?」


「ごめん、晴。隠すつもりはなかった……いや、あったんだけどね」


「隠すつもりだったんじゃないか」

 

 晴がすねるように言う。

 まあ、許してほしい。大人気アイドルが義妹になったなんて言ったら、クラスの注目の的になること間違いなしだ。だから、黙っておくつもりだったんだけれど。


 志帆も不満そうに頬を膨らませる。


「隠さなくてもいいのに」


「いや、志帆だって俺の妹だって知られたら困るかなと思ったんだよ。……俺なんかの妹だと知られたら、恥ずかしいかもしれないし」


 俺はクラスではそれなりに交友関係は広いほうだけれど、人気者というわけでもなければすごくモテるわけでもない。

 アイドル・羽城志帆の兄としては地味すぎる。


 けれど、志帆は首を横に振った。


「あたしはそんな失礼なこと考えません」


「そう?」


「もちろんです! 兄さんは優しいですし、かっこいいですし、美味しいごはんも作ってくれますし……自慢の兄さんですよ?」


 志帆は胸に手を当てて、ちょっと顔を赤くする。志帆にとって、「小牧公一の妹」であることは、積極的に自慢すべきことらしい。

 

「そう言ってくれるなら嬉しいけれど……やっぱり、あ、あまり目立つのは困るような……?」


「そう……ですか。せっかく同じ学校だから、兄さんと一緒にお弁当食べようと思ったのに……」

 

 しゅん、とした様子で志帆が落ち込み、俺を上目遣いに見る。

 そんな表情をするのはずるい。答えは決まっている。

 

「一緒にお弁当ぐらい、いくらでも食べるよ」


「! 本当ですか!?」


「ああ、もちろん」


 俺はうなずいた。義妹の頼みを断れる兄なんていない。

 それに、志帆が喜んで俺の弁当を食べるところも見てみたいし。


「約束ですよ?」


 志帆が嬉しそうに微笑む。


 こうして俺は志帆と一緒にお昼を食べる約束をした。







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