二度目の初めまして

「同居人!? こ、コウ君と一緒に住んでるの!? え、でも、あなたは……」


 葉月が混乱したようにつぶやく。

 志帆はふふっと笑う。


「はい。エトワール・サンドリヨンのメンバーの羽城志帆です」


 志帆がどんな思惑で葉月の前に現れたのか、俺にはわからなかった。

 普通に考えれば、いくらアイドルをやめるとはいえ、男と住んでいるところなんて他の人間に見られない方がいい。


 しかも、志帆は「兄さん」と呼ばず、「小牧さん」と呼んだ。

 葉月は目を瞬かせる。


「コウ君とどんな関係なの?」


「そうですね。一緒に家に住む関係って、どんな関係に見えますか?」


 わざとミスリードするように志帆は言う。そんな言い方をしたら……まるで恋人のようだ。


 ところが葉月は考え込む。


「ご主人さまとメイドさん……とか?」


 名推理、とでも言うように葉月はドヤ顔で言う。

 志帆は「うんうん、それも魅力的……」とうなずいた後、「なんであたしがメイドなんですか!?」とツッコむ。


「え? 違うの? じゃあ、師匠と住み込みの弟子だ! 公一師匠のもとで落語の道を極めるために厳しい修行を……」


「……俺は落語家じゃない」


 俺が控えめに主張すると、葉月は「そうだっけ?」と肩をすくめた。


「だって、全然、見当がつかないんだもん。というかコウ君とあの有名な志帆ちゃんが一緒に住んでるなんて、信じられないよ」


 それはたしかにそう。国民的アイドルが俺の部屋に住んでいます、なんて言ったら、誰もが俺の気がおかしくなったと思うだろう。


 志帆は愕然とした様子だった。


「普通は、そ、その、こ、恋人同士とか……あるんじゃないですか?」


 志帆の声は最後の方が小さくなって、なんとか聞き取れるぐらいだった。

 俺と葉月は顔を見合わせる。


 そして、葉月は「うーん」とつぶやく。


「その可能性はないんじゃないかな?」


「どうしてですか?」


 志帆は尋ねる。

 まあ、平凡な俺と大人気アイドルの志帆では釣り合わない。俺を振った葉月からすればなおさらそう見えるだろう。


 ところが、葉月の理由は違ったらしい。葉月は少し迷った様子で、深呼吸してから言う。


「だって、コウ君は昨日、わたしに告白したんだから、恋人がいるわけないでしょ?」


「あっ……」


 志帆が顔を赤くする。

 そして、諦めたように「妹なんです」と小さな声で告げた。


 最初からそう言ってくれればよかったのでは……?

 俺が簡単に経緯を説明する。


 すると葉月は目を輝かせた。


「うそっ! あの志帆ちゃんがコウ君の妹!? すごいっ。わたし、志帆ちゃんの大ファンなの!」


「そ、それはその……ありがとうございます」


「リアルな志帆ちゃんだ! ライブでは見たことがあるけど、こんな近くで見るのは初めて!」


 いつのまにか葉月に手を握られて、志帆は目を白黒させている。

 葉月は明るい性格でコミュ力も高いお姉さんキャラだけれど、その分、距離の詰め方が早すぎるところがある。


「興奮するのはわかるけど、志帆が困っているから」


 俺が苦笑して言うと、葉月は「あっ、ごめんね」と手を放す。

 そして、ちょっとびっくりしたように俺を見つめる。


「もう『志帆』って名前で呼んでるんだ?」


「えっと、まあね。妹になるわけだし」


「ふうん、そっか……」


 葉月がなぜかすねたような顔をする。


 その意味を俺が問いかける前に、葉月は明るい笑みをふたたび浮かべ、「じゃあ、また後でね! 志帆ちゃん!」と言って、その場から立ち去ってしまった。


 ほっと俺は一息つく。ただでさえ振られた直後に葉月と話すのは緊張したし、そのうえ、志帆と葉月の会話をはらはらしながら見守ることになった。


 俺は志帆をじっと見る。志帆はぷいっと横を向いてしまう。


「兄さん……昔は香流橋さんとご飯を食べたりしていたんですか?」


「まあ、幼馴染だからね。最近はそういう機会も減っているけど」


「ふうん……。ね、今は兄さんのご飯を食べられる特権は、あたしだけのものですよね?」


「え?」


「だって、兄さんの家族はあたしなんだもの。……そのぐらい、兄さんのご飯を楽しみにしているってことです」


 志帆は冗談めかして、でも少し甘さをともなった声で言う。


 そう。俺は志帆に期待されている。葉月の心は手に入らなかったけれど、志帆は俺の家族になってくれて、料理を楽しみにしてくれているのだ。


 だから、俺は志帆の期待に応えたい。それがいちばん大事なことだと思った。


「志帆も学校、行くんだよね?」


「はい。あたしだって高校生ですから」


「なら、お弁当いる? 学食とかで食べるなら、無理にとは言わないけど」


「え? 兄さんのお弁当! いいんですか!?」


「もちろん。二人分作るのも手間がかからないようなものだし」


 実のところ、もう作ってしまってある。志帆が弁当を必要としないなら、作り置きしておくか、友人にでもあげようと思っていたのだけれど。


「やった!」


 志帆が子供のように喜ぶのを見て、俺は微笑ましくなる。

 ステンレス製のお弁当箱を風呂敷に包んで渡すと、志帆が顔をほころばせる


「中身はなんでしょう……?」


「それは開けてのお楽しみということで。食べるときに見てみてよ」


「はいっ! お弁当をいただけるのは、あたしの特権ですね」


 志帆が上機嫌な様子でうなずく。

 そして、ふふっと笑う。


 志帆は俺とは別の学校に通っているはずだ。だから、志帆が美味しそうに食べてくれている姿を見られないのはちょっと残念ではある。


 ところが――。


 その日の午前。俺は教室で椅子から転げ落ちそうになった。ほかのクラスメイトたちも口をパクパクとさせている。


 担任の女教師だけは朗らかな調子で、転校生を紹介した。


 赤髪の美少女転校生はくすっと笑った。


「初めまして。羽城志帆です。これからよろしくお願いしますね」






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