俺の家がアイドルの家!?

「男らしい、男らしい……」


 ぶつぶつつぶやきながら、俺は自宅のマンションへと帰った。

 失恋のショックを引きずりながらも、食材の買い出しには行ったので手にはビニール袋を持っている。

 習慣になっているのだ。


 ほとんど家には帰ってこない父親しか、俺には家族はいない。


 それにしては俺の家は広すぎる。

 かなり広い豪華なタワマンだ。


 俺の父は東京の巨大な鉄道会社の経営者だ。祖父もそうだった。いわゆる同族経営で、小牧一族はかなりの金を持っている。


 ただ、本当に大事なものは――母さんや姉さんはこの家から失われた。


「はぁ……」


 俺はため息をつく。

 料理を作っても、一人。そういえば、最近は葉月がうちに夕飯を食べに来ることも減っていた。


 思えば、葉月の心はすでに俺から離れていたのかもしれない。


 女性的であるということが、そんなにダメなことだろうか? たしかに背も低いし、男子同士の下ネタについていけないこともある。


 運動は苦手。得意なのは語学と家事で、いわゆる女子力が高いかもしれない。

 部屋もきれいに片付いている。


 それと、葉月も言っていたとおり、俺は料理が上手だ。


 自分で言うのも変だが、俺の料理は旨い。こだわっているのだ。

 けど、どれほど美味しい料理でも、一人で食べると少し味気ない。


「誰か一緒に食べてくれる人がいればいいんだけど」


 その相手が、自分の初恋の幼馴染だったら最高だった。

 でも、もう俺は葉月に振られたし、さすがの葉月もこの家には来ないだろう。


 家族がほしいな、と思う。

 まあ、そんなにすぐ家族は増えたりしないのだけれど。


 ところが――。


 玄関の鍵が開いている。珍しく父さんが帰ってきているのか、鍵をかけ忘れたのか?

 俺がリビングの明かりをつけると、驚いたことに食卓の椅子に少女が座っていた。


「きゃっ!」


 彼女がびっくりしたように悲鳴を上げる。だが、驚いたのはこっちだ。

 どうして俺の家に見知らぬ女の子がいる……?


「あ、あの……あたし……」


 彼女は立ち上がり、どぎまぎした不安そうな様子で俺を見つめた。


 思わず、俺は息を飲んだ。

 か、可愛い……。


 思わず庇護欲をそそるような愛らしい見た目。真紅の美しく長い髪に、ルビーのように神秘的な同じく真紅の瞳。

 肌は雪のように白い。


 単に美少女だというだけでなく、小柄なのに圧倒的な存在感がある。着ているのは俺と同じ学校のセーラー服だが、彼女が着ているとまるでアイドルの衣装のように見える。


 ん? まるでアイドルのような……?

 そう考えて、俺ははっとする。

 どこかで見たことがある!


「君は『エトワール・サンドリヨン』のセンターの……羽城志帆はしろしほ?!」


「はい。そのとおりです」


 彼女はこくこくとうなずいた。

 エトワール・サンドリヨンは日本全国で老若男女を問わず大人気のアイドルグループ。葉月も大ファンだ。


 そのなかでも、センターを務める女子高生・羽城志帆の人気は絶大なものがあった。

 国民的アイドル、というのだろう。


 フランス系ハーフだという彼女は、誰が見ても特別な存在で、可愛いだけでなく歌も踊りもトークも完璧。それと、ちょっと気弱で守ってあげたくなる雰囲気が、大人気の理由なのかもしれない。

 

 葉月が熱く語っていた。「同い年なのにすごい!」と。

 いまや日本で羽城志帆の名前を聞いたことがない人間はいないだろう。


 そんな彼女がどうして俺の家にいる?


「ふ、不法侵入じゃないですからね!? 通報しないでくださいっ!」


 必死な様子で羽城さんは言い、真紅の瞳で俺を見上げる。


「男子高校生の家に不法侵入する物好きはいないって知っているよ。アイドル羽城志帆の家なら、別だろうけど」


 俺の言葉に、羽城さんは首をかしげた。


「えっと、でも、小牧さんも可愛いから……家までストーカーする人がいるんじゃないですか?」


「い、いないよ……?」


 俺は冷や汗をかいた。嫌なことを思い出した。中学の時、同級生の男子に迫られたことがあるんだ……。


「あのですね。鍵が閉まってませんでしたから、もう少し気をつけていただいたほうが良いかと。男の人に襲われないように」


「貴重な忠告ありがとう。でも、俺は襲われないから大丈夫!」


「いえ、あたしが襲われると困るので……」


 会話が成立しない。どうして羽城さんが俺の家の防犯事情を心配するのか。

 嫌な予感がした。


「今日から、ここがあたしの家になるんです」


 羽城さんは当たり前のように、そう告げた。



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