『普通』

「普通の幸せってなんだと思う?」

私の問いに、明菜はフッと冷めたように笑った。

色とりどりの紅葉が絨毯のように敷き詰められた小さな公園。その中にぽつんと置かれた古いベンチに、私と明菜は長いこと腰掛けていた。

「そんなものないよ。そもそも普通って、みんなが“これが普通だったらいいな”と思って生み出した概念みたいなものだから、そんな曖昧なものはそもそも存在しないんだよ」

明菜はそう言うと、煙草の煙をフーッと吐き出した。それはもやもやといつまでもそこに留まっていたが、明菜が手で払うとようやく消えた。


私は明菜が羨ましかった。

普通に彼氏を作って、普通に結婚して、普通に出産して、普通にマイホームを買って。

まさに皆が思い描く“普通の幸せ”を全て手に入れていた。

明菜を見ていると、自分の選んできたものが全て間違いだったのではと思わされた。


「私ね、ずっと彼氏なんかいらないって言ってたけど、本当はどうだったんだろうって最近思うんだ。若い頃の私は確かに、友達がいてくれれば彼氏なんていなくてもいいと思ってた。けど、わからない。本当は彼氏ができない言い訳が欲しかったのかもしれない。ガツガツしてると思われたくなかったのかもしれない。だって私、結婚して幸せになっていく同級生を見ると心がザワザワするの」

吐き出すようにそう言うと、明菜はクックッと低く笑った。

「それは嫌味?」

私ははっと口を塞いで、すぐに首を横に振った。

「ごめん、そんなつもりは無かったの。ただ、わからなくなってしまって。私は本当にこんな人生を選ぶべきだったのか、それとも……」

明菜は私の口に人差し指を突き出した。

その顔はにっこりと笑っているが、どこか切なげでもある。

そういえば、明菜はこんなに老けていただろうか。会ったのは二年ぶりだが、たったの二年でここまで老けるだろうか。

艶々だった黒髪は痛々しいほどパサパサになり、毛先の枝毛が目立っている。目の下のクマや頬の大きなシミも化粧で隠しきれていない。唇はひび割れて血が滲んでいる。

いや、前からそうだったのだ。明菜はそれを巧みな化粧技術で誤魔化してきた。

それが誤魔化せないほど、化粧に手を抜かざるを得ないほど、明菜は疲れているのだ。


明菜が吐き出す薄紫の煙は、色や形を変えて宙にぷかぷかと浮かんだ。

それは胎児であったり、ピンク色のハートであったり、純白のウエディングドレスであったり、綺麗な一戸建てであったりした。

その一方で、無自覚に吐き出された黒い煙は別のものに変化していった。

大破したファミリーカー、残高が減っていく通帳、破れた離婚届、練炭、ロープ。


明菜は煙草を地面に落とすと、それをぐりぐりと踏みつけて火を消した。

あれだけ地面に敷き詰められていたはずの落ち葉は無くなっていた。代わりにそこには、ただ真っ暗で陰鬱な虚無が広がっていた。



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夢を語って夢日記 紅蓮崎 @gurenzaki

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