『物置』

「ここは私が管理しているので、中の物は自由に持っていって構いません」

眼鏡をかけたおっとりした女性が、にこにこと笑いながら建て付けの悪い引き戸を開けた。ガラガラガラと大袈裟な音を立てて戸が開くと、むわっと埃の匂いが流れ出てきた。

古民家と言えば聞こえはいいが、要は木造の古い物置である。昔は商店として使っていたらしいが、店主が引退してからは手付かずのまま放置していたという。

「いずれ、中のものをちゃんと整理しないといけないとは思っていましたから。使えるものがあれば遠慮なく貰ってくださいな」

女性はそう言うと、では私は用事がありますので、と言い残して立ち去ってしまった。

一人残された私は、とりあえず中に入ることにした。


中は思ったよりも広かった。こんなにも奥行きがあるのか?と思う程である。しかし、所狭しと並べられた棚やロッカーのせいで、奥まで行くには相当身体を捻らないといけないな、とも思った。

入ってすぐの棚には、昭和の時代ならどの家庭にもあった、赤やオレンジの花柄がプリントされたガラスのコップがずらりと並べられていた。長い間放置されていた割には埃も積もっていないし綺麗な状態である。

その横の棚にもコップが並んでいたが、こちらは透明のプラスチック製のコップだ。ピンクや水色、緑色と様々な色があるが、大きさはいずれも小ぶりだ。子供用のコップなのかもしれない。試しにひとつのコップを手に取ると、中に細かな蜘蛛の巣が張ってあった。これは売れないな、と棚に戻す。

そもそも自分は何のためにここに来たのか、この物置の持ち主である女性は知り合いなのかどうかすらわからない。

ただ、ここに何かを探しに来たことだけは確かだった。


しばらく中をうろうろしていると、奥の方に細い階段があることに気がついた。なんと、この建物は二階建てだったのか。

恐る恐る階段に足を掛けると、ミシリと軋んだが壊れる気配はない。梯子を登るように、両手で上の段を掴んでゆっくりと登ってみた。

二階は窓のない広い空間だった。所々に棚や段ボール箱が置かれているが、一階ほど散らかってはいない。しかし、自然光が入る造りでもないのに一階より明るい。それは天井からぶら下がった蛍光灯が煌々と灯っていたからだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

しかし異様である。誰もいない物置の二階の電気が灯っているというのは一体どういうことなのか?誰かいるのか?不審に思い辺りを見回すと、何処からか声が聞こえた。

「……さん?……さんだよね?」

名前の部分は聞き取れなかったが、誰かを呼ぶ女性の声だ。声は部屋の隅の大きな本棚の辺りから聞こえた。ゆっくりと、なるべく足音を立てないように近寄ると、本棚の後ろに隠れるように一人の少女が座っていた。少女は埃まみれの毛布を身体に巻き、古そうな漫画本を読んでいた。

「あ、違った、人違いだった」

少女はニヤニヤ笑いながら私の顔を覗き込んだ。ドス黒い前歯がちらっと見えた。

「君はどうしてこんな所に居るんだい」

そう声を掛けると、少女は持っていた漫画本をぱたんと閉じた。埃がちらちらと舞った。

「別に、ここに居たいから居るだけ」

「ご飯やお風呂はどうしてるの?トイレは?」

「全部必要ない。私にはいらないもの」

お風呂とトイレは兎も角、食事も必要がないとはどういうことだろう。ガリガリに痩せ細ってはいるが、食事を摂らないとそもそも生きられないだろう。

「君はひょっとして、人間じゃないのかい」

馬鹿げた質問だと思いつつ、そう尋ねるしかなかった。

「ああ、やっぱりわかる?そうだよ、私は人間じゃないよ」

少女はそう言うと、おかしくて仕方がないみたいに手で口を塞いでクスクス笑った。

そうして立ち上がると「ほら」と何かを投げて、そのまま煙のようにモヤモヤと消えてしまった。


果たして少女が投げたものはなんだったのか。もう少し早く手を伸ばしていればわかったのかもしれない。

しかし、私が手を伸ばした頃には、少女が投げたそれも、少女と同じようにモヤモヤと消えてしまっていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る