夢を語って夢日記

紅蓮崎

『生首』

教室に入ると、もう既に何人かのクラスメイトは席についていた。僕は一瞬、あれ、どこが僕の席だったっけと迷ったけれど、すぐにいちばん後ろの右端の席が僕の席だと思い出した。

着席すると、何処からか先生がやって来て僕の机にノートパソコンとマイク付きのヘッドフォンを置いた。先生は一言も喋らないけれど、今日はどうやらこれを使ってどこかに電話をかける授業をするらしい。

教室の中は静かだ。雑談をする人もない。

薄汚れたクリーム色のカーテンが閉められ、僅かに日の光が入り込む。それでもどんよりと薄暗い気がするのは、電灯が全て消えているからだろうか。先生も陰気な顔で教卓の前に立っている。


実を言うと僕は電話が嫌いだ。人と話すのは嫌いじゃないけれど、電話となると途端に億劫になる。更に言うと、通話中の話し声を他人に聞かれるのはもっと嫌だ。

おまけに僕は今日、風邪をひいているせいか声が出にくいし頭も痛い。だから、ついつい小さな声で話してしまうのだけれど、そうすると電話の相手は声が聞こえないと怒る。

怒って電話を切られると授業にならない。だから僕はなるべく声を張って、大きな声で話す。けれど不思議なことに、僕以外のクラスメイトはあまり大きな声を出していない。

ぼそぼそと、隣の人の耳にでも囁きかけるかのような小さな声で話している。

あれで電話の相手に聞こえているのだろうか、とぼんやり考えていると、あっという間に授業は終わった。どっと疲れた。


あれからどうしただろうか。次に教室に入った時には、僕の席の場所が変わっていた。

いちばん右側、つまり廊下側であることに変わりはないのだが、いちばん後ろではなく前から三番目の席になっていた。けれど前二つの席にはまだ誰も座っていない。

机の横に鞄を掛けてじっと待っていると、後ろの席のクラスメイトがちょんちょんと背中を突いてきた。名前は思い出せない。

「よう、お前ここにいるってことはテストは大丈夫だったんだな」

「テスト?いつテストなんてやったっけ」

「電話だよ。この間の」

そう言われて、ああ、あの電話はテストだったのかと思う。そして教室を見回して、席についている人が妙に少ないことに気がつく。


やがて二人の先生が入ってきた。

一人は担任だが……名前が思い出せない。

もう一人は全く知らない先生だ。濃緑のジャージをピッタリ身体に貼り付かせた、やけに筋肉質な男性教師だ。

担任は手にどっさり書類を持っている。それを、着席している生徒一人一人に配り始めた。僕ももちろんそれを受け取った。担任はそれを渡す時に「あなたは成績が良かったわ」と明るく言ったけれど、どんよりとした暗い表情にその言葉があまりにもミスマッチで、何故か気味が悪いと感じた。

配られた書類には自分の成績が細かく書かれていたけれど、いまいち見方がわからなかったのでサッと目を通してすぐに鞄にしまった。


緑のジャージの男性教師は、いつの間にか教室から居なくなっていた。と思ったら、大きな袋を抱えて再び教室に入ってきた。

サンタクロースが持っている、プレゼントの入った袋をイメージしてもらえればいい。あんな感じの大きな麻袋のようなものを、男性教師は軽々しく持ち上げていた。

そうしてその袋の中から、黒いモジャモジャしたボールのようなものを一つ取り出して、僕の列のいちばん前の席にトンと置いた。

初めはそれが何だかよくわからなかったけれど、続いてもう一つ、同じようなものが僕の前の席に置かれた。そうしてやっと気づいた。


それは生首だった。よく知っているクラスメイトの首だ。


男性教師は次から次へと生首を取り出しては、それを淡々と空いている机に乗せていった。その光景を見ているうちに、やっと理解した。

テストで一定の評価を得られた者だけが、いつものようにこの教室に集まっている。そしてテストの成績が悪かった者は、生首にされて元々座っていた机にこうして置かれているのだ。

僕の前に座っていたのは、水谷という小柄な女生徒だった。水谷は若干茶色がかった、日本人離れした髪色が特徴だった。その髪をいつも蛍光ピンクのヘアゴムでひとつ結びにしていた。校則でヘアゴムは黒か茶色と決まっていたけれど、彼女はいつもピンクのヘアゴムを使っていた。

その、ピンクのヘアゴムがついたままの頭が、首だけになって机に乗せられている。

顔は前を向いているからわからないが、見たいとも思わなかった。

周りの誰も何も言わなかった。怖がりで有名な女子でさえ、悲鳴ひとつ上げていない。

明らかに異様な光景だけれど、僕はなんだかそれが当たり前の出来事で、とりあえず僕は生首にならなくてよかったと、そんなことを頭の片隅でぼうっと考えていた。



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