第42話 女神様が激おこぷんぷん丸だよ

「き、貴様っ! どうやってここに入ってきた!?」


 引きつった声で叫んだのは、両腕を失った『黒の火』である。

 転移の魔法を使用して拠点に逃げ帰ってきたというのに、どうして逃げる原因になった人物がここにいるのだ。


「いや、何か急にいなくなったから探しにきたんだけど? 勝手に入ったらダメだったかな?」


「ダメに決まっているだろう!? ここをどこだと思っているのだ!」


「どこって……お肉屋さんの裏側とか?」


 ウータは床や壁に飛び散った血液を見回して、首を傾げる。

 床や柱が大理石で作られた荘厳な雰囲気の部屋であったが、『黒の火』の血によって台無しになっていた。

 まるで家畜の解体場所のような有り様である。


「貴様……!」


「人の神殿を屠殺場だなんて酷いわねえ」


 フレアが見下げ果てたような侮蔑の顔で舌打ちをした。


「低い鼻、薄い唇。明日には忘れてしまいそうな平凡な顔立……貴方みたいなブサイクを招いた覚えはないわ。消えなさい」


「わっ」


 ウータの足元から青白い炎が溢れ出た。

 高温により色が変わった炎がウータの身体を余すところなく焼き尽くす。


「ハア……どうして、こんな平凡な男に私の精鋭が負けたのかしら。信じられないわよ。まったく」


「本当に信じられないよね……もうじき受験なのに、僕ってばこんなところで何やってんだろう?」


「ハア?」


 フレアの独り言に予想外の返事がした。

 炎が消えて、無傷のウータの姿が現れる。


「……ちょっと、アンタ! 私が消えろって言ったのになんで生きてるのよ!」


「何でって……いや、僕にはアナタのお願いを聞く義理とかないし」


「ああもうっ! 面倒臭い、鬱陶しい、顔が醜い! イライラする、本当にイライラする!」


「わあっ」


 フレアがまたしても炎を放ってくる。

 先ほどよりも倍以上も高温の炎だ。今度こそウータの身体が焼き尽くされようとして……消えた。


「ハア?」


「いやいや、さすがにそれは痛いよー」


 ウータがフレアの背後に転移して、肩に触れた。

 フレアの右肩の一部が塵になるが……全身までは力が届かない。


「わ、硬いなあ」


「ちょ……汚いわねえ! 何を勝手に触ってるのよ!」


 フレアが顔を歪めて、ウータが触れた肩を手で何度も払った。


「ああもうっ! アンタみたいな不細工が私に触れるとかあり得ないんだけど……! おまけに、身体を少し塵にされるし……本当になんなのよ!」


 塵にされたフレアの右肩がすぐに再生する。

 フレアは平然としており、大したダメージはなさそうだ。


「うーん……やっぱり神様だなあ。本当に強いじゃないか」


 これまで、ウータはあらゆる敵を一撃で塵にして葬ってきた。

 しかし、フレアにはそれが通用しない。

 この世界を管理している六人の神の一人というのは伊達ではないようである。


「うーん、何の対策もせずに来たのは不味かったかな? 一回帰って出直して……」


「させるわけがないでしょうが」


「やっぱりそうだよね」


 フレアが炎を放ってくる。

 ウータでさえも、直撃したら致命傷を免れないレベルの炎を容赦なく出してきた。


「わっ、わわわわわわっ!」


 ウータが驚きながらも転移を使用して回避する。

 この炎は神を殺せる。邪神であるウータだって殺せるだろう。

 いっそのこと神殿の外へ……と行きたいところだが、何かの力によって阻害されて外には出られない。


「これは本格的に不味いかもしれないなあ。ちょっと気合を入れなくちゃ」


 外に逃げられないのなら、戦う以外に道はない。

 ウータはフレアの前方に転移して、整った顔面に拳を繰り出した。


「えいっ!」


「ガッ……!」


「塵になれパーンチ」


 拳がヒットすると同時に塵化の力を使う。

 フレアの顔面が塵になるが、すぐに再生した。


「このっ……!」


「塵になれパーンチかけるさん」


「グッ、グッ、グッ……!」


 一発、二発、三発と連続してパンチを叩きこむ。

 顔、胸、腹の三ヵ所が同時に塵となり、またすぐに再生した。


「うーん……キリがないなあ。カワウソごっこだ」


 イタチごっこである。

 何発殴っても再生するのではキリがなかった。


「だけど僕はあきらめない。塵も積もれば山となる」


 塵が積もれば山になるのであれば、反対に少しずつ崩していけば山だっていつかは塵になるはず。

 ウータはパシパシと連続攻撃を叩きこみ、フレアの身体をどんどん塵にしていった。


「この……いい加減にしろドブカスがあああああああああああっ!」


「わあっ」


 フレアの身体から炎が溢れ出した。

 高温の火を身にまとい、ウータからの攻撃を防ごうとする。


「塵になれパーンチ」


「ギャッ!」


 しかし、ウータは構わず攻撃をした。

 腕が炎に焼かれるが……それほどダメージにはならない。


「うん、やっぱりさっきの火よりもずっと弱いね」


 先ほど、ウータを攻撃してきた炎には神を殺せるような威力が込められていた。

 だが……身体を守るのに纏っている火にはそんな威力がない。


「さっきの炎……自分で喰らっても不味いってことだよね?」


 火の概念を司っているくせに自分の炎で焼かれるとか、フレアの神としての力はそれほどでもなさそうだ。


「人々の信仰、自然への霊威から発生したアニミズム的な神様なのかな? 外なる神……高位の蕃神ばんしん連中よりは弱そうだ」


「アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 フレアの発する炎を回避しながら、ウータは塵になれパンチによって敵を削っていく。

 その攻撃はフレアにとって致命傷になるようなものではなかったが、針でチクチクと刺されるような嫌な痛みがあった。

 フレアがいくら炎で攻撃しても、ウータは転移によって攻撃を回避する。


「回避からの攻撃。アタック、アンド、アウェーイ」


「クソガアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ウータとフレアの戦いは一進一退だった。

 ウータの攻撃はまともなダメージになっていないが、フレアの攻撃も命中しない。

 一進一退というよりも泥仕合だった。


「クソ、クソ、クソ、クソ……不細工な人間のくせにいいいいいいいいいいいっ!」


 しかし、叫ぶフレアの目にふと壁際で震える男が目に留まる。


「ヒ、ヒイイイイイイ……!」


 フレアの腹心である『黒の火』が壁のところまで逃げて行っており、怯えて縮こまっていたのだ。


「フハッ! ハハハッ!」


 フレアがニチャリと笑って、『黒の火』に手をかざす。


「へ……」


「飲み込め、炎」


「ひ……ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


『黒の火』が掃除機で吸い込まれるようにフレアに引き寄せられ、彼女が纏っている炎の中に取り込まれる。


「へ……何やってるのかな?」


「此奴だけでは足りぬなあ。もっと寄こせ! もっと喰らえ!」


 フレアが念じると、『火の神殿』の総本山……女神フレアの信仰のお膝元であるその場所にいた全ての人間がフレアに引き寄せられる。

 壁を砕き、天井を破り、部屋の中に引きずり込まれてフレアの火に吸収されていった。


「「「「「うわああああああああああああああっ!」」」」」


「ハハハハハハハ! アハハハハハハハハッ! 満ちる、力が満ちるわあっ!」


 フレアの力が爆発的に加増した。

 神の中には人々の信仰を集めることによって力を得る者がいる。

 フレアもまさにそんな神の一人。信者から祈りを集めることによって力を得ている神だった。


「……自分の信者を強制的に生け贄にして、魂ごと力に変えたのか。酷いことするね」


 それは信仰に依存している神にとって、ある種の自殺行為だった。

 自分の手足を千切って食べて、力に変えるがごとく自暴自棄な行動である。

 

「無茶するなあ。その人達、君の身内じゃなかったの?」


「人間なんて放っておいたって増えるでしょ? 気にする必要なんてないわ」


 フレアは平然と言い、豊満なバストに触れる。


「アンタが何者なのかは知らないけれど……これ以上、平々凡々な不細工に私の城を好きにされるのは不愉快よ……魂の一欠片も残さずに消滅なさい!」


 得意げに言って、フレアが炎を放ってきた。

 黄金色に輝くその炎は回避不可能、防御不可能の必中必殺の一撃だった。


「あ、これダメなヤツだ」


 短いつぶやきと共にウータは黄金色の炎に飲み込まれていき、塵の一粒も残すことなく消滅したのであった。

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