第40話 全面戦争だよ

 時間軸は戻って、魔法都市オールデンの城壁へ。

 壊れた城壁を挟んで、外側に攻め込んできた『赤の神殿』の僧兵が。

 内側に魔法都市を守るために駆けつけた『賢者の塔』の魔法使いが集まっている。


 いつ両者が激突してもおかしくはない、緊迫の最中。

 開口一番。いきなりやってきたウータによって『火の神殿』の僧兵を率いていた『黒の火』が塵となって殺された。


「クウウウウウウウッ!」


「わ、ビックリした」


 パリンとガラスが割れるような音がした。

 次の瞬間、ウータの力によって塵になっていた『黒の火』が元通りの姿に再生する。

 時間を逆回しにしたように生き返った『黒の火』はウータを睨みつけながら、飛び退いた。


「よくも女神から授かった保険を……許さぬぞ、異教の神の信徒め!」


『黒の火』の足元にはバラバラになった赤い宝石が散らばっていた。

 その宝石に宿っていたフレアの力によって、ウータの塵化の力を防いだようである。


「貴様が花散ウータか! 『無職』でありながら同胞三人を討ち取った異物! やはりこの町に来ていたのだな!?」


「確かに僕は花散ウータだけど……何度聞いても、その『無職』っていうのヤダなあ。『学生』って呼んでくれないかな?」


「生まれてきたことを懺悔しながら死ぬがいい! 黒炎!」


「わっ」


『黒の火』の掌から漆黒の炎が放たれた。

 光すらも喰らいつくし、全ての色を塗りつぶす色彩の炎が、ウータの身体を包み込んだ。


「我が炎は万物を燃やし尽くす『燃焼』の概念の火炎である! 水や金属、形無き精霊でさえも燃やし尽くすこの炎に焼けぬ物など何一つない!」


「いやいやいや……勘弁してよね。痛いんだから」


「なあっ!?」


 しかし、概念の炎の中からウータが平然として現れた。


「服が焼けちゃったら困るよー。服はこの世界で買ったのだけど、パンツは日本製なんだよ? この世界の下着って、ゴワゴワしてて肌に合わないんだよねー」


「馬鹿な!? 何故、生きている!?」


『黒の火』が愕然とする。

 漆黒の炎はあらゆるものを焼き尽くす火。どんな魔法でも防ぐことができないはずだった。


「うーん、概念とか難しいことはわからないけどさ。結局、君の『炎』が燃やす力が強いのか、僕の周りの『空間』が焼けないように頑張る力が強いのか……そういうことでしょ?」


「貴様……いったい、どんな力を持っているというのだ!? それも異教の神の加護なのか!?」


「加護とは違うかな? 別に誰に貰った力ってわけでもないわけだから」


「『紫』! 『橙』!」


「「ハッ!」」


『黒の火』の呼びかけに、背後の軍勢から二つの影が飛び出してきた。

『フレアの御手』の残存メンバー……No.5『橙の火』、No.6『紫の火』の二人である。

 フードを纏った二人はそれぞれオレンジとパープルの炎を掲げて、ウータにぶつけようとした。


純白なる浄化の火イノセント・ファイア


 しかし、城壁の方角から放たれた真っ白な炎が二色の火をかき消し、消滅させる。


「この力は……!」


「何のつもりだ! 『白の火』!」


『橙の火』と『紫の火』が叫ぶ。

 いつの間にか壊された城壁に駆けつけてきていたのは、元『フレアの御手』のメンバーである『白の火』ことステラである。


「裏切ったのか、貴様!」


「……最初から貴方達は私のことなんて仲間と思っていなかったでしょう? ずっと感じていましたよ……皆さんの殺気を」


 かつての仲間に睨まれて、ステラは震える声で言う。

『フレアの御手』に所属していたステラであったが、他のメンバーを仲間だと信頼できた日はなかった。

 彼らとステラとの間には常に見えない壁のようなものがあり、いつ不必要と判断されて処分されてもおかしくはなかっただろう。


「魔法を無効化できるだけの貴様に何ができる!」


「裏切り者め……偉大なるフレア様の……」


「ちょっと何言ってるのかわかんない」


「「あ……」」


 ウータが『橙の火』と『紫の火』の顔をそれぞれ掴んで、力を発動させる。

 二人が同時に塵になって散らばった。


「あ、こっちは再生しないんだね。もしかして僕の力がおかしくなっちゃったのかと思ったよー」


「貴様……!」


『黒の火』が呻く。

 自らの部下、精鋭部隊であるはずの二人が一瞬で消されてしまった。


「おいおい……調子に乗ってんじゃねえのよ」


「『青の火』!」


 しかし、『フレアの御手』はまだ一人残っている。

 地面に落ちた影からローブ姿の男性が現れて、無防備なステラの背中に銀色の刃を突き立てようとした。


「やらせるわけないでしょうが!」


「あん?」


 ステラを救うために魔法を放ったのは、『賢者の塔』のリーダーである朽葉由紀奈だった。

 朽葉が放った水の刃が奇襲を仕掛けてきたローブの男性を襲う。

 ローブの男性がステラへの攻撃を中断させて、その場から飛びのいた。


「『青の火』……!」


 ステラが襲撃者の名を呼んだ。

 影から飛び出してきたその男こそが、最後の『フレアの御手』である『青の火』だった。


「その人は『青の火』! 魔法も使えるし、剣術も使える『フレアの御手』のNo.3です! 特異なのは火属性と闇属性の魔法で、影に潜ったりもできます! ナンバーは三番目ですけど、戦闘能力はトップかもしれないくらい強いので気をつけてください!」


「おいおい……仮にも仲間だった奴の情報を漏らすとか、お前さんには人の心がねえのかよ」


 叫ぶステラに、『青の火』が鬱陶しそうに舌打ちをした。

 ローブから覗いているのは、大柄で筋肉の付いたワイルド系の美男子である。


「そっちのおっかないガキは後回しにするとして……こちらも仕事しなくちゃいけねえんだよ。裏切り者の背信者だったら、手柄として十分だろう?」


「私がそれをやらせるとでも思っているのかしら?」


 朽葉が杖を構えて、『青の火』を睨みつける。


「こう見えても、神に立ち向かうために研鑽を積んできたのよ。五百年の成果、貴方に見せてあげようかしら?」


「……私も手伝います。魔法の迎撃だったら任せてください!」


 ステラと朽葉が並んで、『青の火』に立ち向かう。


「おいおい……二人がかりとか勘弁しろよな」


「ウータさん! こっちは私達に任せてください! 貴方は『黒の火』を!」


「……とか言ってるけど、どうしよっか?」


 ステラの言葉を聞いて、ウータが『黒の火』に顔を向ける。


「…………あれ?」


 しかし、そこには『黒の火』はいなかった。

 指揮官を失った僧兵の部隊がザワザワと騒いで困惑している。

『フレアの御手』に率いられてここに攻め込んできたのは良いものを、指示を出してくれる人がいなくなってしまった。


「もしかして…………逃げた?」


 ウータがつぶやく。

 その言葉を肯定するように、『黒の火』の姿はどこにもない。

 乾いた風が吹き込み、壊れた城壁の残骸である砂塵が虚しく舞うのであった。

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