第39話 女神様はエロおっかない
時はわずかに遡る。
女神フレア。
火を司るとされているその女神は人間種族を生み出した存在であり、ファーブニル王国を始めとした人間諸国の大多数で信仰を集めている。
人間はこの世界に住まう種族の中でもっとも数が多く、フレアを崇拝する人間もまた数多くいる。
そのため、女神フレアは自らこそが世界の創造主である『光』と『闇』の女神に次ぐ、第三位の神であると確信していた。
「……あら、『赤』と『緑』がやられてしまったの?」
大陸最南端にある灼熱の国シャイターン王国にて。
『火の神殿』の総本山である大神殿の最奥にて、一人の女性があからさまに眉をひそめた。
燃えるような赤い髪をアップにまとめ、踊り子のように露出の大きい服を着たその女こそが女神フレア。
この世界を管理している……と自称する六大神の一人にして、火を司る女神である。
熟れた肢体を惜しみなくさらした女神フレアの容姿は華麗そのもの。
たわわな乳房に大きな尻、ほっそりとした腰……あらゆる部位が男の目を引く、しゃぶりつきたくなるような身体つきをしている。
「あの二人がやられるなんてね……お気に入りだったのに残念だわあ」
などと言いながら、フレアが『椅子』の上で脚を組む。
「ああ……フレアさま……」
脚を組みかえて重心がずれたことが刺激になったのだろう、フレアが腰かけている『椅子』が呻く。
その『椅子』の正体は生きた人間の男。下着すら身に付けていない全裸の成人男性だった。
フレアの周囲には彼以外にも裸の男達がいて、フレアの爪を磨いていたり、足を舐めていたり、敬愛する女神のために淫靡な奉仕をしている。
「……『白』もです。女神フレアよ」
低い声で訂正したのはフレアの前に膝をついている男性。
この部屋でただ一人服を着ているその男は『黒の火』というコードネームで呼ばれており、『フレアの御手』という精鋭部隊のリーダーをしている男だった。
「『白』? ああ、あの女のことね。どうでもいいわ、どうせ新しいメンバーが入ったら処分する予定の奴隷の子でしょう?」
フレアが裸の男性が差し出したフルーツを齧って、嘲笑うように唇を吊り上げる。
「『赤』は精悍で男前だから気に入ってたのよ。『緑』も生意気そうで可愛かったから好きだったわ。だけど……『白』はやっぱりどうでもいいわねえ。ちょっと珍しい能力を持っているようだから数合わせにいれたけど、私の飼い犬に雌が近づくのは不快だったわ。どうやって嬲り殺してやろうと思ってたんだけど……残念ねえ。勝手に死んじゃうなんて」
「さようでございますか」
「だけど……誰が私の可愛いワンちゃんを殺したのかしら? ねえ、『黒』。教えてくれない?」
「花散ウータという名前の異世界人と思われます。ファーブニル王国で行われた勇者召喚に巻き込まれた『無職』の人間のようです」
「『無職』が私のワンちゃんを殺した……ありえないでしょ」
フレアがわずかに不愉快そうに顔をしかめ、手に持っていたフルーツを床に投げる。
床に転がったフルーツの食べ残しに裸の男が群がり、犬のように貪り喰らう。
「『魔王狩りごっこ』……五百年に一度のお祭り。お姉様達を出し抜いてやる絶好の機会に異物が紛れ込んだのは不愉快よねえ。そう思わない、『黒』」
「まことにその通りだと存じます。ご命令いただければ、『火の神殿』の全兵力をもってして、その男を滅殺して御覧に入れます」
「うーん、そうねえ……だけど、気になるわねえ……『赤』や『緑』を『無職』が殺しただなんて……」
フレアが何度も脚を組み替えながら、考え込む。
そもそも、勇者召喚に部外者が紛れ込むことがおかしいのだ。
アレは『魔王狩りごっこ』のために特別に作り上げた秘術。『勇者』『賢者』『聖女』『剣聖』の適性がある四人以外が召喚されるはずがない。
もしも可能性があるとすれば、その花散ウータなる少年はフレアの力の及ばぬ『何か』を有している存在と言うことになる。
「……もしかすると、その少年は異界の神の加護を受けているのかもしれないわねえ」
「神ですか? 六大神以外の?」
「この世界の神は私達姉妹と二人のお母様だけよお。だけど、他所の世界には別の神がいるんじゃない?」
知らないけど……とフレアはつまらなそうに言って、床に落ちたフルーツを喰らっていた裸の男の頭部を掴んだ。
「ひあ……」
「不愉快ねえ。私達以外の神の加護を得ている人間がこの世界にいるとか。本当に目障りねえ」
フレアが男の頭部を捻ると……スポンとコルクが抜けるような音がして、男の首が切断された。
間欠泉のように血液が溢れ出るが、フレアは引っこ抜いた頭部を頭上に掲げて、したたり落ちる血と脳漿をゴクゴクと飲む。
「プハアッ! それで……その不快な異物は今どこにいるのかしらあ?」
「おそらく、魔法都市オールデンに向かっているかと」
「オールデン……ああ、あの小生意気な賢者ちゃんが作った町ねえ」
フレアが血塗られた唇をニタリと歪める。
「あの娘も目障りだったのよねえ。前回の遊戯で魔王を倒してくれた功績で見逃してあげたけど……最近では私の力よりも彼女のことを崇拝している人間もいるそうじゃない。一緒に滅びしてしまいましょう」
「オールデンには一万人ほどの人口がいたと思いますが、住民は如何いたしましょう」
「殺しなさい。見せしめよ」
フレアが迷うことなく断言する。
罪悪感など欠片もない。人間の命になど塵芥ほどの価値も見出していない様子である。
「その異物、異界の神の力を授かっている可能性があるから、貴方にも保険をあげるわ。くれぐれも私の期待を裏切らないでねえ」
「もちろんです。我が女神よ」
フレアが差し出したルビーのような宝玉を受けとり、『フレアの御手』のNo.1である『黒の火』は動き出した。
残っている『御手』全員を引き連れて、神殿の精鋭部隊を従えて……ファーブニル王国にある魔法都市を征伐するべく出陣したのである。
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