第38話 ちょちょちょ……チョコレートだとう!?

「火の神殿が……どうして急に!?」


「わ、わかりません……私達の研究が露見してしまったのかもしれません!」


「クッ……あと少しで、神に立ち向かう手段が得られたというのに……!」


 朽葉が右手を握りしめて、壁を思いきり殴る。

 そして、すぐさま部屋に置かれているテレビのモニターを起動させた。

 そこに映っていたのは元・国営放送の受信料有料のテレビ番組……などではなく、都市の外縁部、つまりは城壁の光景だった。


「これは……!」


「わあ、真っ赤っか」


 そこには凄惨な光景が広がっていた。

 大勢の人間が倒れており、血まみれの肉塊となっている。

 あたりには城壁の残骸であるガレキが散らばっていて、その向こう側に赤いローブを身にまとった者達が無数に立っていた。


『我らは神の使徒。偉大なりし火の神であらせられる女神フレアの使いである』


『この都市は神の定めし秩序に反していると判断した』


『神罰を下す。神妙に首を差し出して慈悲を請うが良い』


『町もろとも滅ぼしてくれよう。天に唾を吐く愚者どもめ、懺悔せよ』


「勝手なことを……邪神の眷属どもめ!」


 朽葉が怒りの形相で吐き捨てる。


「奴らはいつもそうだ! いつだって一方的に、相手の都合や事情など斟酌することなく『悪』と決めつける! 自分達が原因を作っておいて、その責任を取ることなく被害者をゴミのように消し去ろうとする!」


「えっと……よくわからないけど、大変なことになってきたってことで良いんだよね?」


「……そういうことだと思います。ウータさん」


 状況についていけてないウータがぼんやりと言い、ステラが顔を蒼白にして暴虐を映し出すモニターを指差した。


「火の神殿の最高戦力……『フレアの御手』がいます。No.3『青の火』、No.5『橙の火』、No.6『紫の火』。そして、リーダーである最強の神官。女神フレアの代行者であるNo.1『黒の火』まで」


「『フレアの御手』だって……まさか、あの殺し屋集団まで出てきたのか!?」


 朽葉が戦慄から唇を震わせる。

『フレアの御手』は火の神殿における最強の部隊であり、出動すれば神敵として定めた人間はもちろん、その人物が暮らしている町や都市まで容赦なく殲滅する破壊者デストロイヤーだった。


「『フレアの御手』のメンバーは七人。そのうち四人が来ているということはかなり本気のようね……!」


「うーん、あの格好。どこかで見覚えがあるような……?」


「……ウータさんはやっぱり忘れているんですね。そうだと思いましたよ」


 モニターを見て首を傾げるウータに対して、朽葉が「キッ!」と強い眼差しを向けた。


「貴方達は結界を越えて転移ができるのよね? それを使って逃げなさい!」


「別に良いけど……おねえさんはどうするのかな?」


「私はこの町を守る魔法使いとして、彼らを迎撃する。最低でも住民が避難するまでは彼らを抑えないと……!」


「ああ、そうなんだ。それじゃあ転移しちゃおうかな…………アレ?」


 ウータがふと研究室の片隅にある長方形の『それ』に気がついた。

 銀色の金属のボックス……それはもしかして、日本ではおなじみのあの家電ではないだろうか。


「ねえねえ、アレって冷蔵庫だよね?」


「そうだけど……今する話では……」


「ちょっと見て良いかな!? 見るよっ!」


「あ、ちょっと!」


 ウータが朽葉の許可を取ることなく、勝手に冷蔵庫を開けた。


「これは……!」


「ウータさん、お行儀が悪いですよ。というか……そんな場合じゃないですって!」


「ステラ! これこれ、チョコレートがあるよ!」


「ひゃあっ!」


 ウータが興奮した様子でステラの腕を引く。

 魔力で動いている銀色の冷蔵庫の中、そこには黒い粒状の菓子があったのである。


「ちょっと……そんなことしてる場合じゃないでしょうが! 早く逃げなさいよ!」


「おねえさん! このチョコレートは何!? どこで手に入れたのっ!」


「ど、どこって……コーヒー豆と同じだよ。南方の大陸で自生していたカカオを発見して持ち帰って、この塔の内部で栽培しているんだ」


「作ってるの!? この塔の中で!?」


『賢者の塔』では様々な魔法が研究されているが、その一環として薬草なども生み出されている。

 塔の内部に魔法によって生み出された温室があり、本来であればこの国では育たない植物を栽培されているのだ。


「カカオやコーヒー豆も一緒に育てているのだけど……いや、そんなことよりも避難しなさいよね! 私達は彼らを迎撃に行くから!」


 朽葉が部屋から出ていってしまう。

『塔』の最上階にある研究室にはウータとステラが残される。


「ウータさん、私達はこれからどうすれば……」


「うん、おっけ。了解したよ」


「ウータさん?」


 ウータが冷蔵庫からチョコレートを取り出して、一粒を口に放り込む。


「アイツらはこの町を破壊しようとしている。塔も破壊しようとしている。せっかくのカカオが失われてしまう。つまりは敵ということだね!」


「今さらですか!? さては話を聞いてなかったですね!?」


 見当違いな理由でテンションを上げているウータに、ステラがツッコむ。

 お察しの通り。

 ウータは『フレアの御手』が攻め込んできた理由について、その動機やら背後関係がまるで理解できていなかった。

 さらに言うと、火の神殿の者達がこうして攻め込んできた理由の一端に自分があるということも、まるでわかっていない。

 会話が長いと、そもそも頭に入らないタイプなのである。


「僕、RPGを勘でやるタイプだから。あんまりバックボーンとか気にならないんだよね」


「気にしてくださいよ。当事者ですよね?」


「僕が生きているのは今この瞬間だから」


「良いように言わないでくださいよ! それよりも……これから、どうするつもりで……」


「ちょっと行ってくるよ。とうっ」


「ウータさん!?」


 ウータが転移をした。

 研究室から魔法都市オールデンの城壁まで。

 そこでは攻め込んできた神官と、駆けつけた魔法使いが睨み合っている。

 そこには朽葉の姿もあり、戦端が切られようかという最中に現れたウータに目を見開いて驚いていた。


「貴方、どうしてここに……!」


「現れたな! 邪悪なる異教の神の信徒め!」


 朽葉の声をかき消して叫んだのは、神官の先頭にいるローブ姿の男性だった。

 背が高く、ローブから覗いた顔立ちは美麗そのもの。

 ここが日本であったのなら、男性アイドルグループのセンターだって務まるであろうイケメンである。


「『赤』と『緑』、そして『白』を倒したくらいで調子に乗るなよ! 貴様の正体が異教の神の加護を受けた邪教徒であることはわかっている!」


 その人物こそが『フレアの御手』のリーダーである『黒の火』だった。

 黒の火はウータに指を突きつけて、狡猾な悪魔に断罪の刃を突きつけるかのように言い放つ。


「楽に死ねると思うなよ、神敵め! 女神フレアの名の下、貴様に神罰をくだ……」


「話が長いよ」


「くおっ」


 ウータが転移して、『黒の火』の胸部に触れる。

 その途端、『黒の火』の身体が粉々になって塵になった。


「だからさ、僕ってばそういう話は耳に入らないんだって。お話があるのなら簡潔に、百文字以内にしてもらえるかな?」


「き、貴様!」


「隊長!」


 いきなりやられてしまった火の神殿の最高戦力。

 そのあまりの呆気なさに、味方であるはずの神官から愕然とした悲鳴が上がったのであった。

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