第36話 パッとやってキュッだよ!
その後、ウータとステラは詰め所まで連行されて取り調べを受けることになった。
取り調べで隠すことは何もない。
そもそも、別に悪い事をしているわけではないのだ。
魔物を倒して、その死骸を町の中に運び込んだ……それだけのことである。
問題があるとすれば、都市の入口にある検問を通っていないこと。
転移を使って、城壁の内部に不法侵入したことについてである。
「だからさあ、パッとやってキュッだよ! パッとやってニュッ!」
「いや、そんな説明でわかるか! 『キュッ』なのか『ニュッ』なのかハッキリしろ!」
どうやって転移を封じる結界を破ったのか執拗に質問されたが、ウータにこれ以上の説明はできない。
ウータにしてみれば本当に特別なことをしたつもりはないのだ。
パッとやってグリュッとしただけなのである。
取り調べを受けているのはステラも一緒である。
涙目になって、椅子に座り縮こまっていた。
「申し訳ありません。本当に悪い事をするつもりはなかったんです。出来心だったんです」
「うん、それでどうやって結界を越えたのか教えてくれ」
「わからないんです。『パッとやってオリャッ』と言っていました」
「結局、『オリャッ』なのか!?」
都市の中に侵入したことは悪い事だが……そこまで悪事であるかと聞かれたら、そうではない。
転移で城壁を越えて中に入ってはいけないという法律はない。
結界があるので、そもそも入れるわけがないと高を括っていた部分が強かったのだが……禁止されていないことで罰されることはない。
ウータを殺そうとした国王はどうかは知らないが……少なくとも、知識人の集まりである『塔』の魔法使いが治める町ではそんな蛮行はないようだ。
魔物の死骸を持ち込んだことも罪ではないし、結界の穴を突いた転移の謎さえ解ければ釈放すると衛兵は言っていた。
「理屈じゃないものを説明するって大変だよねー」
「……今日は牢屋にお泊りですか。昨日は立派な宿屋でしたのに」
ウータとステラは同じ牢屋に閉じこめられていた。
本来は男女で同じ牢屋ということはないのだが、知り合いだから特別待遇ということだろう。
食事も出されており、牢屋ではあっても居心地は悪くない。
ウータは出されたパンをハグハグと齧っていた。
「ここにも転移封じがかけられているようですね……さすがは魔法都市です」
ステラが牢屋の壁に触れながら言う。
一見するとただの石牢だが、高度な魔法がかけられていて転移が封じられていた。
封じられているのは転移だけではなく、表面に魔法を反射するコーティングもされているようだ。
脱出は容易ではない。
「これだけじゃちょっと足りないかな? 適当に買ってくるよ」
しかし、ウータは転移であっさりと外に出て、露店で売っている肉入りのスープを購入して戻ってきた。
城門の結界が通じなかったように、牢屋の壁に掛けられた転移封じはウータに通用しないようだ。
「その気になれば逃げられるけど……どうしよっか?」
「……どうしましょう」
牢屋からは出られる。
しかし、その時点で罪人となってしまうため、賢者と会うことは叶わない。
魔法都市にやってきた目的は達成できなくなってしまう。
「こうなったら、最後の手段かな? 『塔』とやらにも転移で入っちゃおっか?」
「……やっぱり、そういう発想になっちゃいますよね」
ステラが溜息を吐く。
ウータがこう言いだすことを予想していたのである。
「ウータさんは穏便に賢者様とお話がしたいんですよね? だったら、侵入は避けた方が良いと思いますけど」
「だけどさー、ここに閉じこめられたままじゃ会えないよ? だったらさ、『塔』に入っちゃって怒られたら謝ろうよ」
悪い事をする。
怒られたら、謝る。
ウータらしい至極単純な発想であった。
「大丈夫、大丈夫。僕は土下座が上手いんだよ? 千花に怒られたらよくやるし。休みの日に一緒に出掛けたら許してくれるよ? 何でかわからないけど、パンツを買うのに付き合わされたりするけど」
「千花さんが誰かは知りませんけど……やめた方が良いと思いますよ。色々な意味で」
『塔』への侵入もやめた方がいいし、千花という女性との付き合い方も考えた方がいい。
「『塔』には大勢の魔法使いが詰めていて、警備も町の中とは大違いなんです。『火の神殿』だって警戒していたほどの組織ですから、敵対はしない方が良いですよ」
ウータならば、仮に大勢の魔法使いに囲まれても勝利できるかもしれない。
しかし……誰も殺さず、穏便に済ませられるとは思えなかった。
賢者にたどり着くことはできても、多くの罪なき魔法使いを殺してしまうことになる可能性がある。
(ウータさんには出来れば、人を殺して欲しくない)
『フレアの御手』の同僚のような悪党ならばまだしも、罪のない人間をウータが殺めるところは見たくない。
何故だか、そんなふうに思うのだ。
「うーん、賢者さんのことをどうするかはわからないけど、とりあえず外に出よっか? お風呂入りたいよね?」
「いや……そんな銭湯に行く感覚で脱獄してもらうと困るんだけど」
「へ?」
その声は外から聞こえてきた。
いつの間にか、牢屋の外に人がいたらしい。呆れたような女性の声である。
「誰かな? お客さん?」
「……私が編み出した結界を越えて転移できる人がいると聞いて、会いに来たのよ。やっぱり、日本人だったのね」
「へ……?」
外にいた女性が鉄格子の隙間から顔を覗かせる。
その容姿はウータにとってなじみがあるもの。黒髪黒目の女性だったのだ。
「
その女性は鉄格子越しにそんな挨拶をしてきたのであった。
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