第35話 お持ち帰りだよ


 ウータは突如として出現した巨大デーモンエイプを倒すことに成功した。

 岩山には黒い体毛を生やした怪物が四肢を投げ出して倒れており、ピクリとも動かない。


「えーと、この大猿なんですけど、解体して素材にするよりもそのまま持ち帰った方が良いと思います」


「へえ、何でかな?」


 ステラの提案に、ウータは首を傾げる。


「理由なんですけど……まず、この魔物は明らかに大きくて毛皮もぶ厚くて、私の手持ちの刃物では解体できそうにないんです」


「ふんふん、なるほどね」


「それにこの魔物は明らかに突然変異の希少種に見えますから、バラバラにするよりもそのまま持って帰った方が『塔』の研究者の方も喜ぶと思うんです。賢者様にお会いするのが目的なら、そっちの方が確実かと」


「そっかそっか。よくわからないけど、ステラがそういうのならそうなんだろうねえ」


 ウータはよくわからないくせに、腕を組んで「うんうん」と頷いた。


「えっと……自分で説明しておいて何なのですけど、そんなに簡単に納得してくれて良いんですか?」


「良いんじゃない? ステラのご飯は美味しいから」


 ウータはこちらの方こそよくわからない理屈を述べた。


「僕の経験上、美味しいものをくれる人の言うことはだいたい正しいから」


「……ウータさん、お菓子をくれる人とかについて行ったらダメですよ?」


「わかってるよー。子供の頃に飴をくれるお姉さんの家について行って、両親と先生に怒られたから」


「すでに経験済みですか!?」


「うん、服を脱いで裸になったらケーキを食べさせてくれるって言うんだ。男の子の裸を見たいとか変わったお姉さんだったよ」


「……本当にそういうのやめてくださいね。ステラとの約束です」


「うん、わかったー」


 本当にわかっているのか怪しい返事をして、ウータが巨大デーモンエイプの死骸をつま先で蹴る。

 すると、魔物の死骸が跡形もなく消える。どうやら、転移させたようだ。


「ウータさん、どこに転移させたんですか?」


「町だよ。持って帰るのは面倒だからね」


「……町のどちらに送ったんですか?」


「宿屋の前」


「…………」


 ステラが黙り込む。

 つまり、オールデンの町……その宿屋の前に巨大な魔物の死骸があるということか。


「それって……すごく騒ぎになりません?」


「あ、そっか」


 ウータが今さらのように気がついた。

 町中に魔物が現れたらどうなるとかいう発想がなかったようである。


「う、ウータさん! 私達も戻りましょう!」


「うん、わかったよ」


 ウータがステラの手を握って、転移を発動させる。

 周囲の景色が一変する。ゴツゴツとした岩山から、大勢の人々が行き交うオールデンの町へ。

 巨大デーモンエイプの傍らに転移したウータとステラであったが……途端に兵士達の槍が突きつけられた。


「魔物だ! 魔物が出たぞ!」


「動かない、死んでいるのか!?」


「油断するな……急に暴れ出すかもしれんぞ!」


 どうやら、兵士達は町を守る衛兵のようである。

 彼らは突如として現れた巨大な魔物を警戒して、武器を突きつけてくる。


「あ、すごい騒ぎ」


「やっぱり……」


「人も出てきたぞ!? まさか、君達がこの魔物を送り込んできたのか!?」


 転移してきたウータとステラにもまた、槍が向けられる。


「えーと、僕達は怪しいものじゃないですよー。槍は痛いから向けないでくださーい」


「オールデンには結界が張ってあって、転移はできないはず……どうやって、転移してきたのだ!」


「怪しい奴め……捕まえろ!」


 ウータが兵士を説得しようとするが、聞く耳を持たずに槍の切っ先が突きつけられる。


「えーと、こういう場合は……」


「う、ウータさん! ダメですよ塵にしちゃ!」


「えー、やっぱりダメかな? 先っちょだけ、先っちょだけだよ?」


「ダメに決まってます! ここは大人しくしておきましょう!」


 今回は完全にウータに非がある。

 兵士を殺したら犯罪者だ。賢者に会うこともできずにお尋ね者になってしまう。


「大人しくしろ! 抵抗するな!」


「こっちの魔物について、そして転移魔法を使えたことについて話を聞かせてもらう!」


「えー、困るう……」


「だ、ダメです。ステイ! ステイですよ、ウータさん!」


 ウータとステラは抵抗することなく憲兵に捕まり、詰め所まで連行されるのであった。

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