第34話 猿をしばくよ

「ひゃあああああああああああっ!」


 弧を描いて落下してくる巨石を前に、ステラがウータにしがみついて絶叫する。


「お?」


 身体が密着したことで背丈のわりにたわわな胸が押しつけられる。

 フニフニと柔らかく形を変える感触は、やはり心地良いものだ。

 どうして、同じ人間だというのに男と女はこんなに硬さが違うのだろうと、ウータは首をひねって不思議に思う。


「何度か触ってきてわかったけど……僕って、やっぱりおっぱいが嫌いじゃないみたいだね。これって赤ん坊の時の記憶が残ってるからなのかな?」


「そんなこと言ってる場合じゃないですよおおおおおおおおおおおっ!」


 こんな時でものんびりとしたウータ。

 ステラは眼前に迫りくる巨石を前に、恐怖のあまり目を閉じた。


「えいっ」


 しかし、ウータが軽い掛け声で巨石に掌を向ける。

 落下してきた石の表面にウータの手が触れた途端、何十トンもあるであろう巨石が消えた。


「ひえ? 岩はどこに?」


「塵にしたら服が汚れるから、転移させたよ」


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「お?」


 巨大デーモンエイプの周囲に氷の粒が生まれ、それは瞬く間に無数の氷柱に成長していく。

 ウータは知りもしないことだが、デーモンエイプは魔物でありながら魔法を使うことができのだ。


「わあ、寒いっ」


「ギャオ!」


 冷えた空気にウータが声を上げるのと同時に、鋭く尖った大量の氷柱が殺到する。


純白なる浄化の火イノセント・ファイア


 だが、ステラが能力を発動させる。

 魔法を無効化させる白い炎がウータとステラの周囲に生じて、飛んできた氷柱が消えていく。


「おお、ぬくい。あったまるなあ」


「私の炎に熱はないんですけど……ウータさん、アレを塵にせずに倒すことができますか?」


「うん? どうして?」


 ステラの問いにウータが首を傾げる。

 すでに必要分の素材は集まっていた。

 もう十分という話ではなかっただろうか?


「あの大きさ……間違いなく突然変異で生まれた稀少種の魔物です。アレの素材を手に入れることができれば、間違いなく賢者様が会ってくれるはずです!」


「ああ、そうなんだ。それじゃあ……どうしよっかな?」


「ギャオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 巨大デーモンエイプが岩を投げたり、魔法を撃ったり、休む暇を与えることなく猛攻を仕掛けてくる。

 それでも接近してこないのは、先ほど、ウータが他のデーモンエイプを塵にするところをどこからか見ていたのかもしれない。

 転移を使えば接近することができるだろうが、あの巨大な身体の前にはナイフなんてカマキリの斧みたいなものだろう。突き刺してもナイフが折れ曲がってしまうに違いない。


「とりあえず、鬱陶しいから移動するよ」


「ひゃっ!」


 ウータがステラの腰を抱き寄せて、転移した。

 巨大デーモンエイプから少し離れた岩の上まで移動する。


「ギャッ!?」


 巨大デーモンエイプが驚いて左右を見回して、ウータ達のことを探している。

 ウータとステラは身体を低くさせて、岩の陰に身を潜めた。


「わ、私達のことを探していますね」


「探してるねー。アレ、どうやって殺そっか?」


「やっぱり難しいですか、ウータさんでも」


「そういう言い方をされると、出来ないって言いたくなくなるね。僕も男の子だし」


「ウータさん?」


 ウータがひょいと岩陰から飛び出した。


「ちょっと待ってて。久しぶりにガチンコってくるから」


「が、がちんこって……」


「やあやあ、とうっ」


 ウータが岩山の足場を蹴って、二人に背中を向けているデーモンエイプにドロップキックを喰らわせた。


「ギャンッ!」


「とーっ」


 背中を蹴られたデーモンエイプが前のめりに倒れるが、あわや岩山を転がり落ちるかというところで踏みとどまった。


「ギャオウッ!」


「あ、怒った?」


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 巨大デーモンエイプが手近な岩を掴んで、ウータに叩きつけてきた。

 しかし、岩はウータに触れた途端に粉々になって塵状になる。


「ギャッ!?」


「ああ、結局服が汚れちゃったな」


 巨大デーモンエイプが慌てたように飛びのいた。自分も塵にされると思ったのだろう。


「やらないよー。素材を採って来るようにステラにも言われてるからねー」


 距離を取った巨大デーモンエイプの足元に転移をする。

 そして、その足元の地面を転移で消した。


「ギャオ!?」


 再び、巨大デーモンエイプがバランスを崩した。

 そのまま倒れかかってきた大きな顔面へと、ウータが握りこぶしを叩きつける。


「とおっ」


「ギャ……!」


 ウータの細腕、小さな拳では巨大デーモンエイプにはダメージを与えることはできない。

 それでも、鼻を殴られた巨大デーモンエイプが怒りに表情を歪めて、ウータに掴みかかってくる。


「わあ、やっぱりダメか」


「ギャアアアオオオオオオオオオオオオオオッ!」


「うわあああああああっ」


 巨大デーモンエイプが腕を振りかぶり、ウータを宙に投げ飛ばした。

 ウータの身体がクルクルと回転しながら飛んでいく。


「ウータさん!?」


「あー、びっくらこいた」


「ひゃあん!」


 飛んでいったはずのウータがステラの隣にいた。

 転移して戻って来たようである。


「ごめん、やっぱり無理かも。てへぺろ」


「あ……そうなんですか」


「塵にできない、ナイフも刺さらないじゃ攻撃手段がないんだよねー。どうやったら、アレを倒せるのかな?」


「えっと……私に聞かれましても」


「グウウギャアアアアアアオオオオオオオオオオオオオッ!」


 空中で姿を消したウータを探して、巨大デーモンエイプが雄たけびを上げている。

 限界まで開かれた大きな口を見つめて、ステラがポツリと思いつきを口に出す。


「えっと……それじゃあ、その辺の石を転移させて、あの大猿の口の中とかに詰め込んでみるとかどうでしょう? 喉が詰まったら呼吸も出来なくなると思いますし、それなら少しは効果が……」


「採用」


「キャアッ!」


 ウータがステラに抱き着いた。

 ラブ的な意味合いではなく、手柄を褒め称えるように。


「その手があったね。アレだ、赤ずきんちゃん的なやつだ」


「な、なななななっ、なにずきんちゃんですかあっ!?」


「よし、決断。即実行」


 ウータが足元にあった石を巨大デーモンエイプの口内に転移させる。


「ギャウッ!?」


 岩はすぐに噛み砕かれてしまったが、矢継ぎ早に送り込む。

 巨大デーモンエイプは必死に岩を吐き出し、両手で口の中の砂や石を掻き出そうとするが……ウータが送り込むスピードの方が速かった。


「グ……ギャ……」


 やがて喉が詰まってしまったのか、呼吸困難を起こした巨大デーモンエイプが動かなくなる。

 それまでの激闘が嘘のように、あっけのない勝利であった。

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