第6話 異世界は治安が悪い


 路地裏に転移したウータは、そのまま城下町の大通りへと出た。

 すると、そこには賑やかな光景が広がっていた。


「おお、ファンタジーだ」


 そこにあったのはまさにファンタジーといえるような街並みだった。

 大通りには中世ヨーロッパ風の三角屋根の建物が並んでおり、そこには大勢の人々が行き交っている。

 普通の人間に混じって、いわゆるエルフやドワーフ、獣人と呼ばれるような者達も歩いており、何とも異国情緒が溢れる幻想的な光景が広がっていた。


「安いよ、安いよー! ナップルの実が安いよー!」


「奥さん、こっちの魚見ていってー。獲れたて新鮮だよー」


 通りに並んだ店からは、店主の客引きの声も聞こえてくる。

 こうして見ると、ファンタジー世界もどこかの商店街とさほど変わらない。

 どちらも大勢の人間が暮らしていて、彼らの生活の営みがあるようだ。


「おっと、ごめんな」


「わっ」


 通りをぼんやりと眺めていたら、誰かがぶつかってきた。

 その誰かは謝罪の言葉を残して、そそくさと人混みの中に消えていく。


「……へえ、治安はそれほど良くないのかな」


 ウータは小さくつぶやく。

 財布をすられてしまった。

 財布といっても、あの国王から貰った金貨の袋だが。


「えいっ」


「へ……?」


 軽く気合を入れて力を使うと……ウータのすぐ目の前に財布を盗んだスリの姿が現れる。

 スリは何が起こったのかわからないといった顔をしており、右手にはウータから盗んだ金袋を持っていた。


「ごめんね、これがないと困るから返してもらうよ」


「あ……」


 ウータがスリの手から金袋を取り返し、再びポケットに入れた。

 金さえ戻ってくれば、後はどうでもいい。

 スリを放置して去っていこうとする。


「あ、おい! 待て!」


 しかし……スリが何故か食い下がってきて、ウータの肩を掴んでくる。


「それは俺の金だ! 返しやがれ!」


「おお、文字通りに盗人猛々しいなあ。人から盗んだ物を自分のとか言っちゃうんだ」


「う、うるせえ! さっさとそれを……」


「やめておけばいいのにね、この世界も馬鹿が多いよ」


「ッ……!?」


 ウータは再度、力を行使する。

 肩を掴んでいた男の手首から指先までが、一瞬でちりに変わった。


「今はそれほど機嫌が悪くないから、左手だけでいいよ。右手は大切にしてね」


「ひ……ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


「すたこら、さっさ」


 悲鳴を上げる男に周囲からの視線も集まるが……ウータは素知らぬ顔で、人混みに紛れてその場を去る。

 あのスリは標的にする人間を間違えた。

 ただ、それだけのことである。



     〇     〇     〇



「とりあえず、腹ごしらえかなー。ご飯を食べよう」


 のんびりと言いながら、ウータは大通りを散策した。

 通りには露店も多く合って、串に刺した肉を焼いていたり、何かのスープを売っていたりする。

 この辺りで済ませてしまったも良いが……ふと、スパイシーな匂いが鼻を突いてきた。


「これは……」


 ウータの視線が匂いの方に視線を向けると、そこには小さな食堂があった。

 スパイスの香りはそこからしてくるようだ。


「うん、いいね」


 店構えも綺麗で、それでいて高級店というふうには見えない。

 ちょっと昼ご飯を食べるには手頃そうな店だった。

 ウータが店に入ると、恰幅の良い店主がカウンターの向こうから声をかけてくる。


「いらっしゃい! 空いている席に座ってよー!」


「あ、はい」


 ウータがカウンターの席に座った。

 メニューらしきものが置かれていたので、手に取ってみる。

 そこに書かれているのは初めて見る文字だったが、不思議と意味は理解することができた。


「カリー……?」


 予想通り。

 匂いの正体は『カリー』……つまり、カレーだったようである。

 道理で食欲をそそられるわけだ。

 メニューには『野菜カリー』や『チキンカリー』、『シーフドカリー』などが羅列されている。


「それじゃあ、チキンカレーで」


「あいよ、お飲み物は?」


「えーと、水で良いです」


「はいよ、お水ね。お題は先払いだよ。五百五十Ptペイツね」


「あー、えーと……」


 通貨がわからない。

 ウータは金袋に入っていた金貨を一枚取り出し、カウンターにおいて店主の反応を見る。


「あー、一万Ptの金貨ね。細かいのはないのかい?」


「すみません。今日はこれしかなくって」


「仕方ないなあ。お釣りを持ってくるから待っていてくれ」


 店主は受け取った金貨を持って、店の奥に消えていく。

 すぐに戻ってきて、ウータに十数枚の貨幣を渡してきた。


「はいよ、確認してくれ」


「どうも」


 ウータは渡されたお釣りを確認する。

 大きな銀貨が九枚、小さな銀貨が四枚、銅貨が五枚。

 そして……先ほど、店主は金貨のことを『一万Pt』と言っていた。


(金貨が一枚一万Ptだから……十進法として、大銀貨が一千、銀貨が百、銅貨が十ってところかな?)


 Ptの価値は『円』とそれほど変わらないと思う。

 チキンカレーが五百五十円と考えたら、それなりにお手頃価格なはず。


(王様がくれた袋には金貨が百枚くらい入っていたから……百万Ptってことね)


 それなりに大金をくれていたらしい。

 どうせ殺して、奪い返すのだからということかもしれないが。


(助かったよ、お互いにね。あまりにも少額だったら、お金を取りに戻らなくちゃいけないところだった)


 そうなれば、確実に国王は絶望の底に落とされることだろう。

 自分を二十年老化させた悪魔に、再び会うことになるのだから。


「はい、チキンカレー。お待ち」


「わっ、美味しそう!」


 考えているうちに、料理ができたようだ。

 カウンター席に皿に入ったカレーとナンが置かれる。

 食欲を誘うスパイスの匂いがさらに強くなり、胃袋が空腹を訴えてきた。


「いただきますっ!」


 これからのことなど考えることは多いが、とりあえず、今するべきことは腹ごしらえである。

 ウータはナンを千切って、カレーを付けてから口に運んだ。

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