第7話 目的地が決まったよ

「フウ……満腹満腹」


 食事を終えて、ウータは満足げに息を吐いた。

 目の前に置かれた皿はすっかり空になっている。

 大衆食堂らしく値段の割に量もあって、味もなかなかのものだった。

 異世界転移ものマンガやライトノベルの中には、異世界は食文化が未発達で苦労させられるパターンもあるが、この世界の料理は十分に美味しいらしい。


「ハハッ、気に入ってくれたようで良かったよ! 人によっては、カリーは苦手っていう人もいるからね!」


 太った店主がウータに笑いかけてきた。

 ウータの食べっぷりを気に入ったのか、上機嫌な様子である。


「これを不味いって言う人がいるのかな? 信じられないなあ」


 カレーはインド料理ではあるものの、日本の国民食だ。

 カレーを気に入らない人間がいるとは納得がいかないことである。断固として抗議したい。


「そうなんだよな。獣人……特に狼人族とかは匂いだけでもダメだって言うな。奴らは人間よりも鼻が利くからなあ」


「ああ、なるほど」


 犬や狼のように嗅覚の鋭い生き物であれば、香辛料がふんだんに使われたカレーを嫌うのはわかる。

 獣人も同じようなものなのだろう。

 大通りを歩いていた際に何人か目にしたが、彼らは動物と同じように鼻が優れているようだ。


「ところで……カリーだったよね? この料理はファンブル王国の名物とかなのかな?」


 気になっていたことをウータは訊ねた。

 この国の文化についてはまるで知らないが、カレーはインドのような暑い国の食べ物のはず。

 この城下町のヨーロッパ風の街並みからは違和感があった。


「ふぁんぶる……ファーブニル王国のことか?」


「あ、そう。それそれ」


「この国の名前も知らないのかよ。どこから来たんだ、君は」


 店主が呆れた様子で苦笑しながら、ウータの前にある空の食器を回収する。


「これはファーブニル王国の東の都……『魔法都市・オールデン』で生み出されたものだよ。親父がそっちの出身でね。俺は親父から店を継いだ二代目の店主ってわけさ。何でも、大賢者様が故郷の料理を真似して開発して、広めたものだとか」


「大賢者様……?」


「ああ。五百年前、当時の勇者様と一緒に魔王を倒して世界を救った御方さ。この世界とは別の世界から来られた方で、『賢者の塔』という場所のトップをしている」


 そんな人がいるのかと思った矢先、ふと店主の言い回しに引っかかりを覚えた。


「トップを……している? 五百年前の人なんだよね?」


「ああ。大賢者様……名前はユキナ様というのだけど、彼女は不老不死であられるのさ。今も若々しい姿で生きておられる。五百年前から生きていて、国王陛下だって頭が上がらない人なんだぜ?」


「…………」


 店主の説明から察するに、その大賢者という人も異世界から召喚された人間なのだろう。

 カレーを広めたこと、『ユキナ様』という名前から、日本人である可能性が高い。


(これは……いきなり、次の目的地が決まったんじゃないかな?)


 五百年前に召喚されたという大賢者であれば、あるいは元の世界に戻る方法を知っているかもしれない。

 どうせアテがあるわけでもないので、とりあえずはそこを目指すのが良いだろう。


「ありがとう。色々と教えてくれて感謝するよ」


「よくわからないが、良いってことよ」


「それじゃあ、ごちそうさまでした」


 ウータは店主にお礼を言ってから、店から出た。


 初日から方針が決まった。

 東の都……『魔法都市・オールデン』を目指して、そこにいる大賢者ユキナと会う。

 その人物から元の世界に戻るための方法がないかを訊く。


(五百年、生きているような人だったら、何か知っているかもしれない。それと魔王という存在についても情報を集めておかないとね)


「ひゃっ!」


「え?」


 考え事をしながら店を出たウータは、すぐそこにいた誰かとぶつかってしまう。

 小柄な人物が尻もちをついて転んでしまった。


「あ、ごめん! 大丈夫かな!?」


「だ、大丈夫です……」


「あれ、君はたしか……?」


 転んでいた人物……小柄な少女に手を差し伸べて、そこで気がついた。

 そこにいたのは先ほど、裏路地で男達に絡まれていた少女だったのだ。


「君は……どうしてここに?」


「え、えっと……」


 ウータの問いに、少女が曖昧な顔をして目を逸らした。

 しばし考えこむ様子で黙り込み、やがて意を決したように口を開く。


「あ、案内はいりませんか!?」


「へ……?」


「お兄さん、この町の人じゃないんですよね!? おかしな服を着てますし……さっき助けてくれたお礼に、この町を案内します!」


「…………」


 やけに圧の強い少女の様子に、ウータは目を白黒とさせるのであった。

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