第5話 口は災いの元であるらしい


 城下町の裏路地にて。

 あえて人気のない場所に転移した花散ウータであったが、腕を組んで「うーん」と首を傾げた。


「さてさて……これから、どうしようかな?」


 城下町にやってきたウータであったが……実のところ、完全なノンプランである。

 幼馴染の友人達には「元の世界に帰る方法を探す」などとキメ顔で告げたものの、どうすれば良いのかは考えていなかった。


「手っ取り早いのは、僕が完全体になることだけど……」


 ウータが人間の身体を捨てて完全な邪神に戻れば、時空を超えて元の世界に戻ることなど容易なことである。

 しかし、覆水盆に返らずという言葉があるように、完全体になってしまったら、もはや人間の姿には戻れない。

 そもそも、邪神であるウータが人の身体に宿っていること自体が奇跡的なことなのだ。ウータ自身も、どうしてこのよう状況になっているのかわかっていない。


「うーん……勝手に邪神に戻ったら、みんな怒るよね……」


 四人の幼馴染も、両親も……きっと、怒るし悲しむ。

 できれば、それは避けたいところである。


 ならば、次に思いつくのは人間の身体のまま、完全な邪神の力を使えるようになること。

 これも不可能ではないだろうが、具体的な方法はわからない。


「とりあえず、情報収集かな? このまま、町に出て……お?」


 テクテクと裏通りを歩いていくウータであったが、角を曲がったところで思わぬ場面に出くわした。

 小学校高学年くらいの年齢の少女が複数の男達に囲まれていたのである。


「ほら、こっちに来やがれ!」


「や、やめてくださいっ!」


「抵抗するんじゃねえ! そもそも、テメエの親父が借金作ったことが原因だろうが!」


 三人組の男達は少女の腕を掴み、どこかに引きずっていこうとしていた。

 かなり犯罪的な光景であったが……それを目にしたウータは「うーん」と唸る。


「これは……やっぱりギルティなアレなのかな? それとも、この世界では合法だったりするのかな?」


 男達は『親父の借金』がどうのとか言っていた。

 察するに、少女の父親が多額の借金を作ってしまい、その返済のために少女が連れさらわれようとしているのではないか。


「……困ったな」


 止めるべきかもしれないが……ウータは少しだけ、迷う。

 ここが元の世界の日本であったのならば、誘拐も人身売買も犯罪であったが、この世界では合法という可能性もある。


「となると……一方的に男の人達を責めるのは間違いなのかな? そもそも、助ける理由があるわけでもないし」


「…………おい」


「でも、絵面はやっぱり犯罪だよね。この人達、ムチャクチャ悪人顔だし。見るからに息も臭そうだし。顔もブサイクだし」


「おい、そこの……おい!」


「やっぱり、どうにかした方が良いのかな……千花達に見捨てたのがバレたら、怒られそうな気がするし……いや、でも関わりたくないなあ。すごい体臭臭そうだもの」


「テメエ、いい加減にしやがれ! 聞こえてんのか!?」


「わっ!」


 男達に怒鳴りつけられ、ウータは驚きの声を上げた。

 少女を絡んでいた男達がそろってウータを睨みつけており、怒りの形相になっている。


「あ、もしかして声に出してたかな?」


「無意識かよ! むしろ煽ってるかと思ったわ!」


 男達が怒鳴る。

 独り言が多いのはウータの悪い癖である。


「ごめんごめん、今のは僕が悪いね。見た目で人を判断するのはダメだよね。息はやっぱり臭そうだけど、悪人だと勝手に判断して悪かったよ」


「謝罪するふりして、また煽ってるだろうが! ぶち殺すぞテメエ!」


 三人組の一人が少女を抑え込み、残りの二人がウータに向かってズンズンと歩いてくる。

 拳を振り上げて、いきなり殴りかかってくる。


「ウラアッ!」


「ッ……!」


 ウータはそのまま、無抵抗で殴られた。

 地面に仰向けに倒れて、口の中に鉄錆に似た血の匂いがする。


「俺達にケンカを売っておいて、ただで済むと思ってんじゃねえぞ、クソガキがあ!」


「テメエも売り飛ばしてやろうか!? それとも、畑の肥料にでもなるかあ!?」


 男達が倒れたウータを踏みつけ、ツバを吐きながら暴言を撒き散らす。

 何度も何度も、ウータのことを蹴って……ようやく、気が済んだらしく「フンッ!」と鼻を鳴らした。


「ガキが……これに懲りたら、舐めたマネするなよ!」


「この界隈かいわいをうろつくんじゃねえぞ。次に顔をみせたらぶっ殺す!」


「それは怖いね。気をつけるよ」


「「なっ……!」」


 ウータが軽く言って、平然と立ちあがる。

 さんざん男達から暴力を受けていたというのに、その身体に傷らしい傷はない。

 軽くブレザーを叩いて、身体についた砂埃すなぼこりを落とす。


「今のは悪口を言った僕が悪かったからね。わざと蹴られたんだ。満足してくれたのなら嬉しいよ」


「テメエ……何者だ?」


「説明すると長くなるから、答えられないかな? お腹もすいてきたし、もう行っても良いよね?」


「クソが……死ねや!」


 何が気に障ったのだろう……男達が拳を振り上げ、再び殴りかかってくる。

 ウータはやはり抵抗しないが……男の拳が身体に触れた途端、男達が消失した。


「は……?」


「え……?」


 少し離れた場所にいるもう一人の男と、少女が驚きの声を上げた。

 一度に二人の男が煙のように姿を消したのだから、当然の反応である。


「悪口を言ってしまった分だけ、殴られたし蹴られた。これ以上やるようだったら、抵抗するよ?」


「お、おい! アイツらをいったいどこに……!」


「独りぼっちは寂しいよね」


「ッ……!?」


 ウータの声は最後に残った男……その背後から聞こえた。

 いつの間にか、ウータは男の後方へと移動していた。


「後を追ってあげると良いよ。友達が待っているから」


「おま……」


 男は最後まで言い切ることができず、姿を消した。

 ウータの力によって転移させられたのだ。


「あ、貴方はいったい……」


「あの人達、町の外に飛ばしただけだから。すぐに戻ってくるだろうし、逃げるのなら早く逃げた方が良いよ」


「あ……」


「じゃあね」


 困惑する少女に軽く手を振ってから、ウータは裏路地から出ていった。


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