第4話 幼馴染は苦労する

 ウータが新生活への第一歩を踏み出した一方。

 城に残ることになった幼馴染の友人の一人、南雲竜哉は重い溜息を吐いた。


「なあ……ウータの奴、大丈夫かな?」


 その問いは同室にいる三人の女性に向けられたものである。

 場所は城の一室、竜哉に割り当てられた部屋。四人はそこに集まって、今後のことについて話し合っていた。


「大丈夫って……何の話よ?」


 怪訝に応じたのは、茶色の髪をポニーテールにした長身の女子・北川千花である。


「いや、城を出て一人でやってけるのかなって。アイツ、世間知らずなところがあるから心配なんだよ」


「……まあ、世間知らずではあるわよね。だけど、ウータなら大丈夫なんじゃない?」


 千花の言葉は薄情なように聞こえるが、そこには深い信頼が込められている。

 ウータだったら、何が起こっても必ず乗り越えることができる……そんな確信があるのだろう。


「…………」


 千花の返答を受けて、竜哉は複雑そうな顔をする。

 もしも、城から出ていったのがウータではなく竜哉であったのならば、千花は同じような反応をしてくれただろうか?


(いや……無理だよな)


 竜哉は肩を落とす。

 自分がウータほどには信用されていないことは自覚している。

 それが当然であると竜哉自身もわかっているのだが、一人の男としては受け入れたくはなかった。

 竜哉はかつて、千花に告白してフラれている。

 好きな人がいるからという理由だったが……千花の好きな相手がウータであることを竜哉は確信していた。


「そーね。ウータ君ならダイジョブでしょ」


 軽い口調で応じたのは、同じく幼馴染である東山美湖だった。

 金髪ショートカット、ピアスなどで武装した美湖はスマホを弄りながら、何でもないことのように言う。


「ウータ君はアタシらと違って特別なんだから。むしろ、ここにいたらアタシらに気を遣って自由に動けなくなるっしょ? 一人の方が自由に動けるからやりやすいんじゃない?」


「……それはあるでしょうね。きっと、私達ではウータさんの足枷にしかなりませんから」


 静かな声で西宮和葉が同意した。

 黒髪ロング、日本人形のように整った顔立ちを悲しそうに曇らせる。


「ウータさんは元の世界に帰す方法を探すと言っていました。魔王を倒せば帰れるという話でしたが、それが確実とは限らないから。ウータさんが頑張っているのですから、私達は私達でできることをやりましょう……もちろん、何をしたところでウータさんが一人で解決してしまうかもしれませんけど」


「そうね……だけど、平凡な私達にだってできることはあるはずよ。最低でも、ウータの足手まといにならないようにしないと」


「アハハハ、ハードル高っ! ほんっとにウータ君ってば一人で走っていっちゃうもんね。付いていくの楽じゃないわー」


「…………」


 幼馴染の女子三人がウータを語り、盛り上がっている。

 竜哉はますます複雑そうな顔になって、眉間にシワを寄せた。


 実のところ、竜哉は千花だけではなくて美湖や和葉にも交際を申し込んで玉砕していた。

 三股をかけようとしたとかいうわけではない。

 千花には小学五年生の時、美湖には中一の時、和葉には中三の時、そして、つい先日には千花にもう一度アタックして破れていた。

 それぞれ、告白してフラれて、落ち込んだり自分磨きをしたりと一年以上は間を空けてから挑んでいる。

 一応、ギリギリでセーフだと自分では思っている。


 三人が竜哉をフッた理由は同じ。ウータである。

 ウータは特別だ。

 女子三人にとっても、竜哉にとっても。

 だから、ウータに対して嫉妬はない。

 嫉妬はないが……それでも、男としてやり切れないものはあった。


「……なあ、前から聞きたかったんだけど、お前らってウータに告白しないのか?」


「「「え?」」」


 三人が同時に竜哉の方を振り返る。

 いずれも、驚いたような表情をしていた。


「いや、お前らがウータを好きなのは丸わかりじゃん? それなのに、どうして告らないのかなって」


「「「…………」」」


 三人が一様に沈黙して、お互いに目配せをしあう。

 やがて、千花が口を開いた。


「……まあ、話しても問題ないわよね」


「いいんじゃない?」


「私も構いません」


 二人の同意を得て、千花が代表して説明をする。


「私達は三人で話し合って、高校卒業までウータに告白しないと決めているのよ」


「は? 何で?」


「もちろん、ウータの方から告白してもらうためだ」


 千花が断言する。

 同年代の女子よりもサイズ大きめな胸をグッと張って。


「ウータは優しいから、私達が告白したら絶対に断らないだろう。私達を受け入れてくれるはず。だけど……それは優しさであって愛情じゃない」


「アタシ達にもプライドはあるからねー。同情で付き合って欲しくはないでしょ?」


「……ウータさんに好きになってもらって、それで付き合いたいんです」


 美湖と和葉も覚悟を決めた様子で千花に続く。


「だから、それぞれがウータにアプローチして、ウータの方から告白してくれるのを待っているんだ。それまでは絶対に抜け駆けはしない……紳士協定ならぬ淑女協定ということだな」


「……ちなみに、卒業までに誰もウータから告白されなかった場合はどうするんだ?」


 竜哉が訊ねると……三人は再び、意味ありげに目配せを交わす。


「そのときは……シェアだな」


「三人で一緒にウータ君と付き合うしかないっしょ」


「卒業式の日に三人協力してウータさんをホテルに連れ込むと決めています」


「は……?」


 三人の答えを聞いて、竜哉が目を丸くさせる。


「私達はそれぞれウータのことが好きだし、付き合いたいとも思っている。だけど……ウータは特別だ。自分達では釣り合わないということくらい、わかっている」


「ウータ君に好かれる努力はするけど、ダメだったら妥協ってことよね」


「三人一緒であれば、ウータさんとも釣り合いがとれるかもしれません。他の誰かだったらともかく、千花さんと美湖さんでしたら、私は大丈夫です」


「私も二人が大好きよ。ウータの次にね」


「アハハハッ、アタシもおんなじー。ほんっとに気が合うよねー」


「…………」


 笑い合っている三人の女子に、竜哉は改めて自分がつけ入る隙が無いのだと思い知った。

 悔しいし、妬ましい。

 だが……同時に納得もしていた。


(ウータだもんな。ハーレムくらい作っても許されるか……)


 ウータを特別だと思っているのは竜哉もまた同じである。

 だからこそ、特別なウータを愛している三人に懸想したのかもしれない。


「……彼女、作ろう」


 竜哉は何度目になるかわからない失恋をして、誰にも聞こえないようにつぶやいた。


 三人を諦めて、身の丈に合った別の女性を探そう。

 自分でも不思議なほど晴れ晴れとした気持ちで、そう思うことができたのだった。

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